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梛の木(なぎのき)

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

梛の木(なぎのき)

2020/06/23

古代に栄えた裸子植物、その多くは絶滅しました。現代に生き残っている種は800種程度となっています。裸子植物の多くは葉が針葉や、鱗片(りんぺん)葉、もしくは線状葉という形状です。故に針葉樹と呼ばれます。しかし、光エネルギーで炭水化物をつくる植物にとって、太陽光線を受容する葉の面積が広いのがよいに決まっています。裸子植物の中にもそのように進化した一群があります。それはよく知られているイチョウなどです。
皆さんは、ナギ(梛)という樹木をご存じでしょうか? この木は日本の暖地にしか原生はなく、しかも希少木なのでなかなか見かけることがありません。ナギという樹木の横顔を見てみたいと思います。

ナギは裸子植物ですが、針葉樹とはいえません。だからといって広葉樹とは言い難い植物です。通常、広葉樹は主脈があって葉脈が毛細管のように張り巡らされていますが、ナギに主脈はなく20本以上の平行な葉脈が確認できます。それは裸子植物の大きな特徴なのです。

ナギNageia nagi(ナゲイア ナギ)マキ科ナギ属。漢字で梛と書き、中国語では竹のような葉を付ける松柏なので竹柏といいます。以前は南半球で多様化しているマキ属Podocarpus(ポドカルプス)に分類されていました。現在はナギを属名とする新属ができたのです。種形容語のnagiは、植物学者のカール・ツンベルクが日本の名を学名にしたものです。

ナギは真っすぐに育ち成長します。幹を触り、たたくととても堅い木だというのが実感できるでしょう。よい木材になりますが、再生産は困難です。樹皮は暗い緑色で地肌が褐色をしています。表面の皮がパズルのピースのように剥がれ褐色の地肌が現れます。成長すると幹周は4m、樹高は20mに達する高木になります。

ナギは常緑の高木です。葉は対生で硬く、長さ8cm、幅5cm程度で裏と表がよく分かりません。この植物は、照葉樹の部類に入る樹木ですが、日本でも特に温暖な本州域、四国、九州および南西諸島に原生があります。東京や神奈川にも植栽されていますが、この辺りが生育の限界地域だと思われます。

ナギ属は日本をその分布北限域とし、東アジア南部から東南アジアなどに少数種を分布させています。ナゲイア フレウリーNageia fleuryi マキ科ナギ属。ナガハナギとでもいうべき種でありナギと同じような高木です。台湾、中国南部 ベトナムなどに原生があります。どこの地域でもナギ属は希少木であり、その生存が危ぶまれる樹木になっています。

屋久島以南の南西諸島の最高峰、奄美大島の湯湾岳(標高694.4m)です。写真はその頂上を撮影したものです。小高い丘みたいな山ですが、周りには手付かずの自然が残っている貴重な山です。私は一度だけ、ナギの原生株をこの山で見ました。

原生林が広がる奄美大島の湯湾岳頂上付近の登山道です。頂上でも視界が開けるわけではなく、うっそうとしてぬかるんでいました。スダジイ、イスノキ、イジュ、カクレミノの葉が茂り、林床は薄暗い極相林でした。

それは、幼木でしたが紛れもないナギです。山口県が分布の北限として天然記念物に指定されています。ナギは暖地の樹木というよりは、亜熱帯照葉樹林をその生育環境にする樹木なのだと思われます。ナギは日本のほか、台湾、海南島にも原生すると聞いています。

ナギは、カヤやアオキのように雌雄異株です。草本の植物にも雄雌が違う植物がありますが、樹木にはこの性別区分が多いのです。雌株には実がなり秋に熟します。写真は神奈川県で撮影したものですが、寒さで葉が黄色くなっています。ナギの耐寒性はマイナス10℃までといわれているので、寒い地方の方は鉢植えにして冬は家の中に取り込みましょう。

ナギの種(タネ)が採れました。よく乾燥して仮種皮と種皮をむくと裸の胚と胚乳になります。胚乳には油分の含有量が多く30%とされますので燃やしてみました。大きな炎を上げ1.5分程度の燃焼時間です。この実がおいしそうだったので少し食べてみましたが、苦くて渋い味、気分が少し悪くなったので食べない方がよいでしょう。

和歌山県新宮市の熊野速玉大社には、日本で一番大きなナギの木があります。

熊野速玉大社のナギNageia nagi。幹周5m、樹高17.6m、推定樹齢は約1000年とされます。合体木のような異形であり、神々しい幹肌、そしてその風格、これを見るだけでも熊野詣でをする価値があります。

ナギはご神木になりました。漢字で梛と書き、梛は凪(なぎ)に通じます。その昔の遠方への交通手段は船だったのです。それは南船北馬という言葉からも分かります。海が荒れ、遭難もさぞ多かったのだと思います。家で帰りを待つ人にとって旅人の無事を祈る気持ちが、ナギという植物に託されてもなんの不思議もありません。今でもナギの葉やナギの実をお守りにする人がいます。皆さまの旅にナギのご加護がありますように。

次回は「ヒカゲヘゴとシダの繁殖」です。お楽しみに。

JADMA

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