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南米桜(トックリキワタ)

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

南米桜(トックリキワタ)

2020/07/14

サクラ属(ケラスス)は日本の文化に深く根差していて、各地の各種の桜はそれぞれの地域で季節の移ろいを告げています。沖縄や南西諸島には、カンヒザクラというサクラがあり最も早咲きのサクラとして知られています。他に日本ではこの地域でしか見ることのできない、南米桜と呼ばれるトックリキワタがあります。それは、私たちが知っているサクラとは縁もゆかりもなく面妖でおかしなもの。それがなぜにサクラと呼ばれるのでしょうか?

その南米桜という植物は、亜熱帯に原生する植物であり、日本でもとりわけ暖かい沖縄をはじめとする南西諸島に植栽されています。この地域には、日本で最も早く咲くカンヒザクラが原生しています。

石垣島までカンヒザクラの原生を確認しに行ったことがあります。そこはジャングルであり、ハブなど毒蛇を気にしながら奥に分け入りました。しかし、自生地の核心部は鉄のフェンスが張り巡らされ立ち入り禁止だったのです。特別の許可が必要だったのだと思います。

カンヒザクラ(寒緋桜)Cerasus campanulata(ケラスス カンパヌラータ)バラ科サクラ属。種形容語のcampanulataは、キキョウ科カンパヌラ属(ホタルブクロ属)のように花が釣り鐘状になっていることによります。原生地は石垣島~台湾、中国南部です。この植物の花姿をよく覚えておいてください。

トックリキワタの樹姿です。なんとも妙な格好をしています。見た瞬間に、その姿は目に焼き付きました。樹形が徳利のような中太りで丸みがあり、子どもを宿した女性のようでもあります。楕円(だえん)形の幹に葉緑素を持つ樹皮は、明らかに幹で光合成をしている証しです。

遠くからこの木を見ると、ビールを飲み過ぎた中年のおじさんに見えなくもありません。俗にいうビール腹です。そうしたインスピレーションは、私だけでないようです。スペイン語でpalo borracho(パラボラチョ)=酔っ払いの木と呼ばれることから多くの人たちがそのように感じているのでしょう。でも、近くに寄ってみると鋭いとげで武装していて凶暴な一面もあります。

トックリキワタは、急速に成長する落葉の高木です。掌状複葉といい、小葉が手のひらを広げたように集まって一枚の葉になっています。

南米桜とも呼ばれるトックリキワタの徳利は、その樹姿によると理解できました。キワタ(木綿)とは、綿が生じる樹木であるからです。英語でこの植物をSilk floss treeといいます。Silk flossとは繭の毛のことです。

トックリキワタは実用の植物です。原生地でこの綿は比重が軽く救命具の詰め物にも使用され、枕や座布団、クッションなどさまざまに利用されます。

原生地は乾燥した亜熱帯林であり、南米のボリビア、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルなどです。ボリビアには世界一の塩湖があり一帯は古代は海だった場所で塩性土壌なのです。トックリキワタは塩害に耐性があります。南西諸島は台風の通り道。塩水や潮風に強いこの植物は海沿いの街道や公園植栽にも適しています。

トックリキワタCeiba speciosa(ケイバ スペシオサ)アオイ科ケイバ属の花が咲きました。季節は10~12月です。カンヒザクラに1カ月ほど先駆け開花するのです。この木の遠景はこの地に咲くサクラを連想させるものです。

ケイバ属には日本に原生のある植物が見当たりませんが、カポック(パンヤノキ)と同属です。種形容語のspeciosaとは美しい、華やかな、素晴らしいという意味です。確かにサクラのような花色でうららに咲く花です。

高木なので花を手にのせるのに苦労しましたが、その大きさが分かると思います。ローズ色で白く下部が色抜けした5枚の花被が美しい花です。雄しべと雌しべが融合して花柱となり先端に器官がまとまる様子は、同じアオイ科のアオギリに似ています。

沖縄では戦前から南米への移住がありました。その後、第二次世界大戦において、激しく悲しい地上戦が行われたました。戦後、米軍基地として農地の多くが接収されました。そして土地を奪われた農民は南米へと移住した人が多かったと聞きます。
沖縄からの移住地があるボリビアは、亜熱帯の乾燥した荒野でありトックリキワタが生えていました。その人たちにとって、トックリキワタは故郷を思わせるサクラの代わりであったのだと思います。後に移住地を訪れた人がトックリキワタの種を持ち帰ったのが南西諸島にこの花が咲く理由です。この花は南西諸島の点景ですが、この地域の苦難の歴史が南米桜という名前に隠されているのでした。

次回は「ユリの王国」です。お楽しみに。

JADMA

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