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ユリの王国[その2] サクユリ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ユリの王国[その2] サクユリ

2020/07/28

たおやかに咲くヤマユリは女王様の風格です。では、ユリの王国の主が誰かというとそれは、伊豆諸島に咲くサクユリでしょう。このユリはヤマユリに比べ、花も一回り大きく、茎葉は剛直で性質は強健です。溶岩大地にこつぜんと姿を現して咲くこのユリこそ、ユリの王様の名にふさわしいものです。

熱中症注意報が出る伊豆大島三原山です。自然の中に入ると五感が研ぎ澄まされ、登山道に立った瞬間にユリが発する香りを感じました。視界ではその姿を捉えることはできませんでしたが、この景色のどこかでサクユリが花を咲かせています。

1986(昭和61)年11月、伊豆大島の三原山は噴火を始めました。やがて割れ目噴火となって幾つかの火柱が列をなしました。一万余人の全島民の避難につながった大噴火は記憶に新しいものです。噴火と溶岩流によって山の植生は完全に破壊されたのです。あれから34年の月日がたちました。

山の中腹まで登るとゴロゴロした溶岩原の中にサクユリは咲いていました。そこに命を育む土壌はなく溶岩の割れ目から生じていました。

サクユリLilium auratum var. platyphyllum(リリウム アウラツム プラティフィラム)ユリ科ユリ属。サクユリはヤマユリの変種とされます。変種名はplaty(大きな)+phyllum(葉)という意味です。大きいのは葉だけではありません。花もヤマユリより一回り大きく最大直径30cm、草丈も最大2m、圧倒的な威容です。

ヤマユリLilium auratumサクユリLilium auratum var. platyphyllumの違いです。まず、ヤマユリは花被に赤い斑紋がありますが、サクユリには明確な斑点がないか不明瞭です。生息環境も、山地の林の縁に原生するヤマユリに対し、サクユリは直射日光が照りつける溶岩原であることが違います。サクユリは、風雨や強い日差しを遮るものがない荒野に原生するのです。そして茎葉がしなやかなヤマユリに対し、サクユリの茎葉は剛直です。  

サクユリの日本における別名を、源為朝にちなみタメトモユリといいます。源為朝は、平安の時代、源氏最強の武将として知られていた暴れん坊です。朝敵として伊豆諸島に流刑にあいながらも島を実効支配しました。彼は中世にはまれな7尺(2.1m)に及ぶ体躯に恵まれ、弓で船を沈めたという伝説が残っています。タメトモユリの名は為朝がいた伊豆諸島に固有のユリであり、為朝のような豪快さを持つ故の名です。

三原山の中腹ではわずかに咲くサクユリも、山頂が近づくに従い群生するようになります。ここは溶岩が流れた不毛な溶岩原だったはずです。そんな場所にサクユリは広範囲に生息しているのでした。山の斜面に咲く花は、遠くからも確認することができます。そこは、海面で暖まった空気が山を上り冷やされ、頂上から北麓に向けて冷たい風が吹き下ろす場所でした。

溶岩が流れた場所には最初にコケが、やがてシダが生えます。次にハチジョウイタドリ(Fallopia japonica)やハチジョウススキ(Miscanthus condensatus)が直接溶岩に根を張ります。するとその場所だけ礫の移動が止まり、座布団のようなバイオマットが出来上がります。

植物たちがまだら模様に地表を覆うと、そこをよりどころにしてサクユリは育ちます。このユリたちは示し合わせたように争わず、場所をすみ分けて暮らしている様子です。

世界の中で伊豆諸島にしか生えないサクユリ。恐らくは、本州からヤマユリの種(タネ)が偶然に海を越えて、島に飛ばされてきたのでしょう。島という隔絶した環境の中で単独な世代交代を繰り返して、現在のサクユリという形質がで出来上がったと考えられます。海底火山でできた島には、風雨を和らげてくれる木陰などはなかったはずです。島で生き抜くためにユリたちは強くならざるを得なかったのでしょう。

最後にユリの種についての知見です。夏に開花したユリの種が熟すのは11~12月です。ユリの花被は三数性です。1本の柱頭は3つに分かれています。子房も3つの部屋に分かれています。一つの部屋には100程度の種が格納されています。

これがユリ属(ヤマユリ)の種です。私は種苗会社に46年間務めました。種の体積と重さは体に染み付いています。通常の種は1Lの体積に対し500gが平均です。ユリの種は1Lの体積に対しおよそ90gしか重さがないのです。それは通常の種の5分の1以下です。重さがなく、ふわっと軽いのがユリ属の種の特徴です。おまけに周りには円盤状の翼が付いています。この種は風に乗り遠くに旅をする風散布種子なのです。ユリの種はどのような条件で海を超えるのでしょうか? サクユリは伊豆諸島のどこで生まれ、どの島から諸島に広がったのでしょうか? 面白い研究テーマになりそうです。

次回は「ユリの王国[その3] ユリの突然変異体とスゲユリ」です。お楽しみに。

JADMA

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