小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ユリの王国[その3] 変異株とスゲユリ
2020/08/04
同じ親から子どもたちが生まれ、同じ家に住み、同じ食べ物を食べても一卵性でない限り、兄弟姉妹は形質が異なりますし、性格も違うようです。父性と母性の遺伝子の配合は、さまざまな変異、変容を生み出し生物進化の原動力になります。
伊豆大島には、サクユリとヤマユリの雑種かもしれない個体が散見されます。それは、サクユリの先祖返りか、本土に産するヤマユリとの交雑かもしれません。有性で生まれる実生からはさまざまな子孫が生まれます。
夏に開花したサクユリは、秋に種(タネ)を散布し新しい世代ができます。溶岩原には幅広な葉を付け開花に至らない実生株が見られます。サクユリやヤマユリの場合、種の発芽に1年以上、開花までに4~5年の歳月が必要です。
三原山の山頂付近で、今年初めて花を付けた若い株を見つけました。見た瞬間に胸はドキドキ、それはサクユリにはない受け咲きの形質を持っていたのです。私がユリのブリーダーなら、それはお宝ともいえる発見です。
皆さんもご存じのように、ヤマユリ、サクユリは、花を横向きに咲かせます。それは、この種の“らしい”特徴の一つです。
これは、自然界において唐突に生じたサクユリの受け咲き形質を持つ突然変異株です。もし、この株が成熟して自家受粉を何代も繰り返せば、受け咲きの形質が固定されるでしょう。そして、子孫が他のユリたちと孤立して生存を続け、母種との間に交雑不和合性が示されれば、新しい種として記録されるに違いありません。
園芸業界でユリは、キク、バラ、カーネーションに次ぐ切り花産業の主要なアイテムです。切り花産業における品種では、商品性(merchantability)の他に生産性(Easy to grow)と輸送性(Easy to go)が必要とされます。特に輸送能力は「Transportation ability」ともいわれ重視されます。花が横向きでは箱に詰めにくく、包装しにくいので、運びにくいのです。切り花にとって受け咲きという形質がいかに重要なのかは、その道のプロはよく知っています。このユリは人工的な品種改良によって得られた受け咲き形質を持つ品種です。
世界で一番大きな花を咲かせるのはヤマユリの変種である、サクユリ(Lilium auratum var. platyphyllum)です。では、一番小さな花を咲かせるのは何でしょうか? 世界中のユリを見てきたわけではないので断言はできませんが、世界で一番小さな花を咲かせるユリはスゲユリだと思います。スゲは、イネ科カヤツリグサ属の仲間です。スゲユリの名は、ススキやオギ、スゲの生い茂る山地草原において、それらと同じような草丈で混生することによるものです。
スゲユリLilium callosum(リリウム カロスム)ユリ科ユリ属。種形容語のcallosumは 、callus(細胞の塊)に由来します。以前、2016年11月8日にも紹介したことがあります。そのときはノヒメユリと書きました。花の大きさは3~4cmぐらいしかありません。日本原産で最も小さな花を付けるユリです。草原のイネ科草本と一緒に生育するその姿を見るとノヒメユリよりもスゲユリという名がよりふさわしいと
スゲユリは、草むらに生えます。森林の国である日本でスゲユリの肩身は狭く、その分布は限定的で絶滅危惧種に指定されています。日本では四国以南の九州、沖縄などで見ることができます。草丈は50cmから人の背丈程度ですっくと立ち上がるスリムな草姿です。
花色は、朱色が入ったオレンジ色です。他に黄花の変種キバナスゲユリ(Lilium callosum var. flaviflorum)があり、日本では沖縄などに希少分布します。スゲユリの花被は、多くのユリに見られる斑紋がなくクリアな花色であり、カタクリのように反り返ることもこの種の特徴となっています。
スゲユリは、草原が広がる大陸を本拠地にするユリで、東アジアに広範囲に生息しています。日本列島が大陸とつながっていた時代に分布を広げてきたのでしょう。スゲユリは、花が小さくイネ科草本に紛れ、花が咲いていないとその存在が分かりません。しかし、一面の草むらの中でクリアなオレンジ色は、遠くからでも確認できました。それは視覚の優れる虫たちには十分な顕在性なのでしょう。
次回は「ユリの王国[その4] オニユリ」です。お楽しみに。