小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ユリの王国[その4] オニユリ
2020/08/11
世界中で、美しい女性の形容に使われるユリですが、「鬼」と呼ばれるユリがあります。このユリは、夏の炎天下に荒々しく強烈な色彩を持った花を咲かせます。華麗で繊細なユリのイメージには程遠く、どこか超人的(超ユリ的)にたくましいのです。オニユリは、人間の背丈を超え大きくなり、日本全国で育つ環境適応性とユリの致命傷であるウィルス病にも強いユリです。
オニユリLilium lancifolium(リリウム ランシフォリウム)ユリ科ユリ属。日本に住まう方ならどこかでその姿を見ているはずです。日本全土に自生が見られますが、特定の地域以外では自然の野山、海岸縁で見ることはありません。オニユリは、人が介在する場所で見ることができるユリです。
オニユリは、真夏にハロウィーンカラーの毒々しい花を咲かせるユリです。もし、10月に咲けばSeason motivation(季節的動機付け)にかなう植物だったでしょう。上の写真は九州の熊本の牧場で撮影しました。雑草のように生い茂るオニユリは、家畜の餌にしていたと記録され、牧場に生えていたのはその当時の名残かもしれません。
栽培されているオニユリの一群を調査しました。花被片の大きさは、8~10cmで内側に巻き込まれています。それを広げると花径は20cmにもなりました。1株当たりの花の数は、少ないもので1花、多いもので15花でした。花は頂生し円錐(すい)のようになりますので、円錐花序といいます。背丈は、1~1.6mでした。時には2mほどに育った株を見たことがあります。
オニユリの種形容語のlancifoliumは、lanceus(披針形。やり先状の)+ folia(葉)の合成語です。やり先のような葉の数は、実際に計測した結果129~173枚でした。日本産の野生ユリでは、オニユリが一番多く葉を付けるのではないでしょうか?
1. 花が大きく多くの葉を付けること、2. 葉腋に珠芽(ムカゴ)を付けること、3. 茎に紫色の斑点と軟毛が生じること、以上3点が後ほど述べるコオニユリとの相違点です。
Lilium lancifoliumのことを日本では鬼ユリといいますが、英語ではtiger lily(虎ユリ)と呼ばれています。色模様も虎とはいいがたいのですが、タイガーリリーです。この東アジアのユリは、持ち前の丈夫さで、遠く北アメリカ東部においても帰化植物として幅をきかせていると聞きます。世界で化け物や猛獣と呼ばれるオニユリは、その大きさと耐病性もさることながら、いつの間にか群生するようになりよく増えます。
各地に植えられているオニユリは種(タネ)で増えることができず、珠芽(ムカゴ)などで繁殖します。地上部の葉には、それぞれの葉腋にあるわき芽が膨らんでこのようなムカゴになります。不思議なことに一番上に付いたムカゴが一番大きく育つのです。それは、ムカゴは芽と同じなので頂芽優勢の法則が働いていることによります。地上茎の下部では、わき芽が育たずムカゴは見られません。成熟した1株のムカゴ数を実測すると58個でした。
今年花を付けたオニユリの若者です。ムカゴから成長した株は、早ければ2年で開花します。十分に成長を遂げたオニユリ1株のムカゴが全て育てば、数年後大きな群落になるでしょう。
ムカゴから増やしたオニユリですが、まれに芽条変異を起こし八重咲きを生じることがあります。芽条変異とは、細胞分裂の際に突然変異が生じ、元とは異なった形質が現れることをいいます。それは、枝変わりともいわれます。遺伝子の交差によって生じる遺伝的な変異、変容が多いのですが、ムカゴのような栄養繁殖においても突然変異があります。
オニユリは、ムカゴだけで増えるのではありません。このユリは地下部に木子(キゴ。球根の近くにできる小さな球根)も作ります。この大きさであれば、翌年には開花してくるでしょう。種を付けないオニユリは、巧みな方法で増えていきます。
最後にオニユリの原生地に関して考察してみたいと思います。
日本の各地で開花するオニユリは全て3倍体。種ができず中国から伝来したとされ多くの文献に記されています。ところが、最近の研究では、オニユリは日本原生の植物らしいのです。種子を残すことができない3倍体の母種は2倍体です。2倍体のオニユリが生息する場所こそ、3倍体オニユリ発祥の地であり、原生地といえます。そこには、種子繁殖するオニユリが生え、実生による変異だから生じる多様なオニユリがあります。黄色い花を付けるオニユリ、花に斑点のないオニユリ、斑入り葉のオニユリなど多様な形質を持った個体が生息しています。
黄色い花を付けるオニユリは、長崎県対馬に原生する固有の変種です。玄界灘に浮かぶ大小108の島々からなる対馬列島。その無人島にもオニユリが開花しています。
オウゴンオニユリLilium lancifolium var. flaviflorum(リリウム フラビフローラム)ユリ科ユリ属 。変種名のflaviflorum(フラビフローラム)とは黄色い花という意味です。現地の方が調べた結果によると、対馬に自生するオニユリの75%が、二倍体であり種子とムカゴで繁殖するとのことです。その事実からすると、オニユリの故郷(原生地)は日本の対馬とその周辺と考えられます。
次回は「ユリの王国[その5] コオニユリとSinomartagon」です。お楽しみに。