小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ユリの王国[その5] コオニユリとSinomartagon
2020/08/18
暑苦しいほど丈夫で強い、オニユリに対しコオニユリの印象はだいぶ違います。それは、湿原の妖精とも感じられる愛らしさです。ユリ業界の王子というと少し褒めすぎでしょうか? でも、このユリを見つけると、「また会えたね」と声を掛けたくなるほどラブリーです。
コオニユリLilium leichtlinii(リリウム ライヒトリニ)ユリ科ユリ属。種形容語のleichtliniiは、ドイツの園芸家Maximilian Leichtlin(マクシミリアン・ライヒトリン、1831~1910)に献名されています。彼は、バーデン バーデンで球根を作る植物に特化した植物園を造ったことで知られています。
夏の湿原に開花するコオニユリ、春の花が一通り咲き終わり、緑一面になった7~8月に開花期を迎えます。コオニユリは、日本全土を含む東アジア北部の低湿地や山地の湿った草原、ときには海岸縁の草むらにも生えます。
千葉県の低湿地に群生するコオニユリです。このユリの分布範囲は広く日本全土に及ぶのですが、人が自然を開発した場所では見ることはできないのです。コオニユリは自然度が高い場所で見ることができます。
オニユリの花径は8~10cmですが、コオニユリの花径は6~7cmです。人が豪華と感じる大きさでなく、かわいいと感じる花の大きさです。花の咲き方もこぢんまりとしています。オニユリとの違いは「ユリの王国[その4] オニユリ」で述べました。一番の違いは、コオニユリは小ぶりで珠芽(ムカゴ)を作らず種子を付けることです。
一面の緑の草むらで咲く一輪のコオニユリ。咲き方もカタクリのようで楚々としています。ちなみに現在、ユリ根として食用とされているは、このコオニユリの球根です。オニユリの球根を食べてみましたが苦みがあり、コオニユリには苦みがないのです。それもまた、オニユリとの差異の一つだと思います。
湿地やそれに続く草原に原生するコオニユリですが、日本海からの風が吹き付ける海岸縁に生えるコオニユリがあります。強い海風が吹き抜ける環境に適応するべくコオニユリたちは、背丈を短くしました。草丈は開花株で40cm程度です。その特異な形質は、生息地の地名からタンゴコオニユリ(丹後小鬼百合)と呼ばれています。
世界の北半球に原生するユリ属は近縁関係によって幾つかの節(section)に区分されています。オニユリやコオニユリは、Sinomartagon(シノマルタゴン)節(セクション)に属します。
Sinologyとは、中国学を表す英語です。Sinomartagon節の意味は、中国マルタゴンユリ セクションという意味です。このセクションの幾つかを紹介します。
イトハユリ(糸葉百合)Lilium pumilum(リリウム プミラム)ユリ科ユリ属。モンゴル、シベリア、朝鮮半島北部~中国中北部などの寒冷な冬も草で覆われた山岳地帯など、東アジアに広く原生しますが日本には分布していません。
イトハユリの種形容語のpumilumは、小さいことを意味します。日本では長く細い葉故に、糸葉ユリと名が付いています。花径5cmほどの大きさで、花被片に斑点はなく緋赤色。コロンと丸くカールした花姿は愛らしく、草丈は30~50cmでした。
ヒメユリLilium concolor(リリウム コンカラー)ユリ科ユリ属。種形容語のconcolorは、同色、一色を表します。花被はカールしていませんが、コオニユリと近縁とされます。東アジアの石灰岩質の草原に広範囲に生えるのですが、日本の野山で見ることはまれです。このユリは、主に中国の岩山の斜面、日当たりのよい草原、森林の縁、湿った牧草地などに原生しています。
キカノコユリLilium henryi(リリウム ヘンリー)ユリ科ユリ属。種形容語のhenryiは、アイルランドの植物家 Augustine Henry (オーガスチン・ヘンリー)に献名されています。彼はsinologistといわれ、熱心な中国研究家でもありました。赴任した中国の植物を数多くヨーロッパに紹介した人物として知られています。そういえば「Plant of Xi’an」で紹介した、原始的なカンアオイ類のサルマ ヘンリーSaruma henryi の種形容語も彼の名前によるものでした。
キカノコユリは、湖北省、貴州省、江西省など中国中部の山地に原生します。このユリは直立せず、弓なりに育ち何かに寄りかかって生育します。背丈は高く1.5mほど、性質は強健で球根がとても大きくなるユリです。花色は薄いオレンジ色、花径6cm程度で、花被片は細長く後ろにカールします。
リリウム ランコンゲンセLilium lankongenseユリ科ユリ属。中国雲南省シャングリラ ナパ海周辺の標高3000mのがれ場に生えていました。このユリは、雲南省北西部などの高山地帯に分布しています。
ユリ科ユリ属は東アジアが分布の中心です。その中でSinomartagon節が一番多くの種を分化させています。前に述べたスゲユリLilium callosumもこの節に属しています。
次回は「ユリの王国[その6] ユリ根とシンテッポウユリ」です。お楽しみに。