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ユリの王国[その6] ユリ根とシンテッポウユリ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ユリの王国[その6] ユリ根とシンテッポウユリ

2020/08/25

私たちは、「ユリ」という言葉に「百合」という漢字を当てます。ユリの王国[その6]は漢字の元になるユリ根「鱗茎(りんけい)」についての知見からです。

「百合」という漢字は、中国最古の薬学書である『神農本草経』に記され、滋養強壮によい中薬とされます。でんぷんを主成分として、ビタミンB群、カリウムなどを含む栄養の固まりを古代から人々は食用にしてきました。中国語でユリをbǎihé (パァイ フゥー)といいます。写真はテッポウユリの球根で、地下に栄養をためる葉の姿です。鱗のようなので「鱗茎」といいます。

ユリはその鱗片(りんぺん)が百枚合わさったという意味を表します。その真意を確かめようと成熟したテッポウユリの鱗茎を分解してみました。結果は、なんという偶然なのか102枚。大昔の人も私と同じことをして百合と名付けたのでしょう。

写真は、実生1年目のユリを掘り上げたものです。よく観察してみましょう。ユリ属には鱗茎の上下に根が付いています。

鱗茎付近を拡大してみます。そのままですが、鱗茎から下を下根、上を上根といいます。まず下根が出て、植物体を物理的に支えます。下根が成熟すると蛇腹になります。それは、牽引(けんいん)根といって伸びた根が縮んだときに、球根を地下深くの水分や温度が安定した場所に、潜り込ませる役割をします。上根は地表付近に広がり、水分の吸収と腐植の多い場所で栄養吸収の役割を担います

ところでお盆の時期に至るところに咲く白ユリがあります。畑や家の庭、道路の中央分離帯など日当たりのよい場所ならどこででも突然、現れる花被の長い、漏斗状の花が咲く姿を見たことがあると思います。それは、成熟すると2mほどに成長する立派なユリですがどこかテッポウユリに比べ痩せこけた印象です。

シンテッポウユリLilium formosanum x Lilium longiflorum(リリウム フオルモーサナム×リリウム ロンギフローラム)ユリ科ユリ属。それは、タカサゴユリLilium formosanumとテッポウユリLilium longiflorumを交配して作られた雑種です。どちらを母親にするかでそれぞれの原種の形質が色濃く出現します。各地で見かけるシンテッポウユリは、タカサゴユリの形質が強いと思います。

皆さんは日本最大の花の需要期はいつだかご存じでしょうか? それはお盆です。お盆の束ね花でも同じことですが、商品は単価に差別化を図るのが常道です。赤・青・黄色の配色で最安値は250円だとします。その花束のまま、このシンテッポウユリを1本入れると500円で売れています。ユリの花は高級品と認識されていますので、単価は高くなり生産者はもうかります。その市場のために各種苗会社は、テッポウユリと近縁種のタカサゴユリを使い、多くの交雑品種を作ったのです。

テッポウユリの開花期は4~6月なのでお盆の切り花の需要期には早過ぎることから、シンテッポウユリは8月中旬に開花するように育成されました。交雑によって雑種強勢と商品性を実現したのです。種(タネ)をまいて1年で収穫できるシンテッポウユリは、農家にとって魅力的な作物なのです。「西村テッポウ」「オーガスタ」「雷山」「浅間」「乗鞍」など、多くの品種が育成されたのです。産業的に大量に作られたシンテッポウユリは露地で作られます。その種が風に乗って各地に散逸していったのです。

品種がさまざまなこと、散逸種同士の自然交雑も行われシンテッポウユリの形質はかなりバラバラです。中には先祖返りかもしれない原種のタカサゴユリのようなものも散見されます。シンテッポウユリは、もともと自然にあったユリではありませんが、侵略的な侵入植物とするのかは考え方の問題だと思うのです。誰も雑草として草刈りはしないし、自宅の庭に生えてきたらうれしいユリです。ユリの王国に住まう私たちに一番身近なユリなのかもしれません。お盆の切り花として楽しんみてはいかがでしょうか?

原種のタカサゴユリとテッポウユリは、どちらも暖地性のユリです。その子のシンテッポウユリは、オーストラリアなどに移入したと聞きますが、寒冷な北海道や北東北などでは見たことはありません。このユリは、大きな群落ができてもいつまでもそこに居座り、人に迷惑をかけることはありません。短命な鱗茎植物であるシンテッポウユリは、いつの間にか姿を消します。種は風に乗りヒラヒラと新しいフロンティアを求め、風の流れのまま、気の向くまま旅をするのでした。

次回は「ユリの王国[その7] タカサゴユリとテッポウユリ」です。お楽しみに。

JADMA

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