小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ユリの王国[その8] ササユリ、オトメユリ
2020/09/08
日本では、百合、百合子、百合恵、小百合さんなど女性の名前に好んで使われるユリという植物。西洋でもリリー(Lily)は、女性の名前に使われます。数多くの美しいユリが原生している日本において、「歩く姿はユリの花」と形容される、美しい女性を表すユリは何でしょうか?
それは、おそらくササユリのことだと思うのです。ササユリピンクとも名を付けたくなる独特の色彩。赤い花粉は紅をさしたようにも見えます。しなやかな草姿を持ち、葉もスリムで風にそよぐ様子はゾクゾクするような艶姿(あですがた)です。ササユリの色調は、透明感のある若々しい女性のイメージです。なんともいえないピンク色。ユリ業界のプリンセスの登場です。
ササユリLilium japonicum(リリウム ジャポニカム)ユリ科ユリ属。このユリは日本の固有種であり、種形容語のjaponicumは、日本のユリという意味で日本を代表するユリの一つです。葉の形は披針形といって、ササ(笹)の葉によく似ています。それは、花が咲かないとササと区別が付かないかもしれません。故にササユリといいます。英語では、そのままBamboo lilyと表記されます。
日本の古い書物として知られる『古事記』。その中巻に、「狭井河(奈良県)のほとりに山百合草が多い」と書かれています。日本では、古くから人々に山百合草とその美しさは知られていました。ここで注意しなければいけないのは、山百合草とは、関東でいうヤマユリLilium auratumのことではなく、ササユリLilium japonicumのことを指しているのだということです。
落葉広葉樹の多い関東から東北では、ヤマユリが多く生息し、常緑広葉樹の疎林(そりん)や傾斜地などを生息条件とするササユリは、本州中部から四国、九州を生息域にしています。もう少し詳しくいうと、日本海側では新潟、太平洋側では静岡以西がササユリの生息域であり、関西で山に生えるユリは主にササユリなのです。私としては、関東以北で見ることができないのは残念です。
原生地で見るササユリの生育条件は微妙です。林縁から離れた、やや暗い場所に生えるササユリはとても貧弱です。林と草原の際に生えるササユリは、生育がよく背丈も伸びて、たくさんの花を付けます。だからといって、ササユリは平地の明る過ぎる草むらでは生活ができません。ササユリには、微妙な生息環境が必要なようです。
ササユリの自然の開花は6~7月です。花の数は通常1~3輪ですが、条件がよいと5~7輪と多花性になります。背丈は50~100cmできゃしゃな草姿。ササユリは花を横向きに頂生させるのですが、1枚12cmほどの花被片の長さと幅が内側と外側では若干違うのです。外側の花被片の長さと幅が、内側の花被片より若干短く狭いので、花が外側に反り返り、緩くカールする花姿になるのです。
ササユリもまた、短命な宿根草なので絶えず実生からの更新が種の存続に不可欠です。ところがササユリは、種(タネ)から開花まで数年の月日がかかり、更新に長い時間が必要なユリです。数年にわたる幼苗の時代に木々ややぶに覆われないこと、柔らかな光が当たり続けることが重要です。暗くても、明る過ぎてもいけない、気難しいところがあるササユリは、人が森を里山として管理し、木々を薪炭(しんたん)に利用していた時代には、生息条件が整っていました。里山の利用が少なくなった昨今、ササユリは減少していると聞きます。
次は、プリンセスの妹君の登場です。その子は、美しいというよりは幼さを残す少女のようで愛らしいのです。大きさも小柄で、山地のやや標高の高い場所に生えるユリです。その名もオトメユリ。最初にオトメユリとササユリの大きな違いについて言及しておきます。それは花粉の色の違いです。オトメユリは黄色、ササユリは朱色だということを、この写真で確認していただければと思います。
オトメユリLilium rubellum(リリウム ルベラム)ユリ科ユリ属。種形容語のrubellumは、「やや赤い」という意味です。ササユリの色調は、ピンク~ホワイトですが、オトメユリはピンク~ローズ色でササユリに比べ「やや赤い色」をしているからです。ササユリの花被はカールしていますが、オトメユリの花被はフラットです。このユリの自然分布は、世界でも日本の宮城県南部と新潟県、山形県、福島県が境を接する狭い山域の森と草原の際にだけに原生する、日本固有のユリです。
オトメユリは、ササユリに比べ、小さく20~60cmと背丈は短く小柄で、茎は直立します。花径約6cm、花被の長さは8cm程度です。6~7月に開花するササユリより開花が早い早生種であり、5~6月から開花します。故にヒメサユリ(姫早百合)という別名があります。こちらの名前の方がオトメユリの性質を見事に言い当てているように思います。
ササユリとオトメユリ、どちらも芳香性を持ち、ユリにありがちな斑紋や筋がなく、上品なピンクの花を特徴としています。でも、どちらも栽培は難しく山や野で見てこそのユリです。でも、これらを交配親にした園芸種が販売されていますので、その雰囲気を楽しむことができます。
次回は「ユリの王国[その9] スカシユリ」です。お楽しみに。