小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ユリの王国[その9] スカシユリ
2020/09/15
ササユリは、本州中部以西に咲くユリでした。その以北には、北方系ユリであるスカシユリが夏に咲きます。スカシユリは、海岸の崖や岩場などで潮風に吹かれ、北の海を見つめながら咲くユリです。
微妙なテリトリーを保ち、急な岩礁海岸に陣取るウミネコたち。一夫一婦制を持つこの子たちが繁殖期を終えるころ、東北の岩場では、スカシユリが咲きだします。
ほとんど、土壌のない過酷な環境下でも、凜(りん)として花を咲かせるスカシユリの群団。無駄がなく剛直な茎葉を持ち、モノトーンの岩場で強烈な色彩を放ちます。ササユリが王女様なら、スカシユリは王国の防人(さきもり)といった印象です。
スカシユリLilium maculatum (リリウム マクラツム)ユリ科ユリ属。種形容語のmaculatumは斑点・斑紋を持つという意味です。英語ではThunberg Liliy(ツンベルク リリー)といいます。それは、このユリに学名を付けた人の名前にちなみます。江戸時代に来日し、日本植物学に大きな貢献を果たしたスウェーデン人のCarl Peter Thunberg(カール・ピーター・ツンベルク)のことです。
スカシユリを漢字では透百合と書きます。それは、このユリの6枚ある花被片の基部が細くなり、その隙間から地面などが透けて見えるからです。本州北部を分布の中心とするこのユリは、南下に伴い太平洋側と日本海側に個体群が分かれて隔絶されました。開花が5~6月と早い日本海の個体群をイワユリ、開花の遅い7~8月の個体群をイワトユリと区別する考えもあります。
スカシユリの花は、受け咲きでわん状。オレンジの地色に赤黒い斑紋が入ります。花の数は、貧栄養な環境下では1茎に1花もしくは2花くらいしか咲かせません。栄養豊富な場所では花数は多くなり、直径は12cmほどになります。草丈も生育する環境によってかなり違い短いもので15cm、長いものでは60cmくらいになります。葉は短い披針形、海浜植物らしくクチクラ層が発達していて分厚く光沢があります。
太平洋側のスカシユリ南限地とされる静岡県御前崎にスカシユリを探しに行きました。ここは尾高海岸という、ある趣味の人には日本一有名な海岸かもしれません。潮の流れと海底の構造により、黒潮由来の貝殻がたくさん打ち上がる場所なのです。そして何より普段見ることのない、深い海に生息する貝殻も打ち上がるので、マニアには有名な海岸です。
ありました。海岸の砂浜から立ち上がる崖の淵に生えるクロマツの根元でした。それは紛れもないスカシユリでした。これが南限分布と思われるスカシユリの姿です。
2020年7月31日です。そんな遠くに行かなくても、私の住む横浜から車で1時間も走れば、三浦半島でもスカシユリの姿を見ることができます。
温暖な地域のスカシユリは、大きな群落を作ることはなく、海岸の岸壁や岩場に点在して分布しています。
こちらは、岩手県の大船渡に生えるスカシユリです。スカシユリの自生地の多くは急な岸壁です。海岸林ややぶに生えるスカシユリはあまり見ません。それは、ユリの根がおいしく栄養に富んでいるために、野生動物の格好の餌になるからだと思います。スカシユリの原生は、そうした動物が立ち寄ることのできない場所、球根を掘り出せない場所に生息しているように見えます。
2020年7月6日。青森県の種差(たねさし)海岸です。オレンジのスカシユリは鉛色の海を見つめていました。それにしても、こんな岩の割れ目によく種(タネ)を飛ばしたものです。スカシユリの開花は北に行くほど早くなり、個体数も多くなる印象です。おそらく本州北部がこのユリの分布の中心だと思います。北海道には、スカシユリに近縁のエゾスカシユリLilium pensylvanicum(リリウム ペンシルバニカム)ユリ科ユリ属という種が原生しています。それは、シベリア、モンゴル、韓国、中国北部、と北東アジアに広く分布しているユリです。日本固有のスカシユリは、エゾスカシユリから分化してきたのだろうと私は考えています。
北から南下したスカシユリは、海岸線に沿って分布しますが、太平洋側と日本海側の山地に進出したスカシユリもありました。しかし、山地はけものたちのすまいであり、草食獣や雑食獣たちの摂取圧力により、それは次第に減少していったと考えられます。
ここは、長さ120m、幅73mの威容を誇る茨城県の袋田の滝です。周りは大きく切れ込んだ急な谷になっています。このような人やけものが立ち寄ることのできない断崖絶壁に、山地型のスカシユリが命をつないでいます。
山地に進出したスカシユリはまれにしか原生がありません。断崖にだけ生き残っているのです。
ミヤマスカシユリLilium maculatum var. bukosanense (リリウム マクラツム ブッコサンエンセ)ユリ科ユリ属。枝は下垂して伸び、花を上向きに付けるスカシユリの山地型です。種形容語のbukosanense は、埼玉県の武甲山のこと。この変種は、埼玉県の一部と茨城県の一部にだけ生息しています。
日本海側の山地にはヤマスカシユリLillium maculatum var. monticola(リリウム モンチコラ)ユリ科ユリ属が原生します。種形容語のmonticolaは、山地にすむものという意味です。
次回は「ユリの王国[その10]」で、ユリの王国シリーズの最終回になります。お楽しみに。