小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
どんぐり ころころ[その2] 里山のどんぐり1
2020/10/13
本来、日本の西南半分は常緑広葉樹の森が広がる植生です。照葉樹林帯ですから、昼なお暗い森を人が定住しその森を切り開いたのでした。人々の暮らしに欠かせないのは、衣食住とエネルギーです。生活の糧が得やすい有用樹を植え、薪炭(しんたん)材を得るために、再生の速い落葉広葉樹を植えたことにより雑木林ができました。それが里山です。 私たちの周りにある林は、人が介在した結果であり、二次林ともいわれます。その林の主役たちは、皆さんもよく知っている、 クリ、クヌギ、アベマキ、コナラです。まずは、里山のどんぐりとその木から各論を始めます。
クリCastanea crenata(カスタネア クレナータ)ブナ科クリ属。日本で栽培されている品種は、日本と朝鮮半島南部に原生するシバグリの改良種です。クリ属は、シナグリ、ヨーロッパグリなど、北半球の温暖な地域に原生する10種ほどの落葉の高木です。アクがないクリ属のどんぐりは古代から、食用などに利用されています。
クリの種形容語crenataとは、半円状の鋸歯を持った葉という意味です。葉は互生し10~15cmほどで鋸歯の先端は尖ります。クリの木材は、タンニンを多く含み、腐りにくく、耐久性があることから、家の土台や枕木などに利用されます。縄文時代に櫓(やぐら)などにも使われていたことが分かっています。
ブナ科は、一つの木に雌雄の違う花を咲かせる、同株雌雄異花を特徴とします。クリは5月下旬~6月上旬に、長さ15cm程度の穂状花序を出します。
上の写真は、皆さんもご存じのクリーム色で妙な匂いがする、あのクリの花です。それは、尾状花序ともいわれ、ほとんどが花被から飛び出た雄しべで構成されています。雌しべは花序の下に1個2個と、わずかに付くので注意深く見ないと気が付きません。雌花は緑色をした殻斗(総苞もしくはイガ)の中に3個ずつ入っています。花柱が殻斗から飛び出ているのが分かりますか?
7月、受精した雌花は殻斗に包まれて成長していきます。写真ではイガの上部に花柱が見えます。どんぐりを付ける樹種には、開花した年に果実が成熟する1年成、次の年に成熟する2年成があります。クリは1年成です。
写真は栽培されているクリの原種であるシバグリです。実は小さいのですが、味は絶品。古くから人類の貴重な栄養源でした。堅果の先端には花柱の名残がしっかりと付いています。クリ返しですが、クリのイガは殻斗です。それは、どんくりの帽子と同じものです。
こちらは、シナグリCastanea mollissima (カスタネア モリシマ)ブナ科クリ属。種形容語のmollissimaは、柔らかい、軟毛が多いを意味します。堅果に軟毛が生えていることに由来するのだろうと思います。シナグリは葉が幅広であること、果実の渋皮が密着せずに剥がれやすい特徴があります。ご存じの天津甘栗は、このシナグリを利用します。それは主に中国の雲南省で栽培されています。
次は、クリに似たクヌギのお話です。子どものころ、林にカブトムシを捕りにいった経験のある方ならよく知っているのがクヌギです。クヌギは、20mにもなる落葉性の高木です。夏の太陽を浴びて、木々の葉では二酸化炭素と水からブドウ糖を合成する光合成が盛んに行われます。そして、師管を伝わり栄養分が木全体に行き渡ります。この栄養分配の組織は、樹皮付近の浅い場所にあるため、虫の穿孔せんこう)などで樹皮が傷つくと、糖分が樹液となって外界に染み出てきます。クヌギの樹液は、虫たちのお気に入り。カブトムシを捕まえるには、樹液を出すクヌギを覚えることが重要なのです。
クヌギQuercus acutissima(クエルクス アクティシマ)ブナ科コナラ属は、日本を含む東アジアに広く分布していて、クヌギは大陸からの移入種と考える説があります。種形容語のacutissimaは、最も鋭いという意味があり、葉の鋸歯が尖り、とげのように見えることによります。だからといって、その先端は痛くもかゆくもありません。この葉は、クリ属によく似ていて、クリに似た木、栗似木(クリニギ)からクヌギとなったといわれます。
冬に葉を落としたクヌギは、早春に花を咲かせます。黄色く見えるのは全て雄花です。新しく葉を出している様子が確認できると思いますが、雌花はその新梢の葉腋に小さく付きます。風媒花なので目立つ必要がないのでしょう。
クヌギは、クリと違って、2年がかりでどんぐりを成熟させる2年成です。やっとドングリとして形になって目に留まるのは、1年たった春です。これから秋にかけて急速に成長していきます。
2年後の8月下旬。やっとクヌギのどんぐりは、それらしくなってきました。殻斗(かくと)は帽子というよりはかま状、もしくは鳥の巣状で独特の形状をしています。1カ月後、9月下旬にクヌギのどんぐりは、秋の陽光を浴びて茶色に熟し多くの実を落下させるのです。
半袖での外出が肌寒くなる秋本番の10月。まんまる円らなクヌギのどんぐりが、木の上から落ちてきました。それは、どんぐりの中でも大きな実です。早速、熱を加えかじってみました。殻をむいたその姿は、シバグリに似ていましたが、食味は違うもの。渋くて渋くて、食べることはできません。それでも、おなかをすかせたご先祖様は工夫と時間と労力をかけて日々の糧にしていたのです。
次回は「里山のどんぐり2」です。お楽しみに。