小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
どんぐり ころころ[その14] 特別編2
2021/01/12
一説によると人類の誕生は、およそ100万年前といわれています。農耕の開始を約1万年前とする説を採用すると、99万年の間、人類は採取を主にして食を得ていたことになります。そのころの生活は、世界各地にある貝塚などの遺跡に残されていて、水辺では漁労が、山ではどんぐりなどの採取、動物の狩猟が行われていました。
採取、狩猟生活において人々は、住まう地域の植生や生態系に沿った食生活を営んでいたはずです。食料に乏しい時代、空から大量に降ってくるどんぐりが人々の糧であったことは想像に難くありません。各地にある貝塚には、どんぐり食の痕跡が残っています。
今では、どんぐりがたくさん落ちていても、それを食べようとする人はあまりいません。秋になると都会のどんぐりたちは、悲しいことに雑踏に紛れ、つぶされて粉々になっています。それでは、どんぐりたちも成仏できるはずはありません。私は、それを拾って食べてみることにしました。
シイの実は、昔からおいしいどんぐりの代表です。まず、水につけて浮いたシイの実を捨てます。浮くシイの実は、しいなや虫食いの場合が多いのです。シイの実は、生で食べてもおいしいのです。
フライパンで軽くいると、香ばしく、殻が割れやすくなります。その味は美味、美味、上等のナッツです。どうして、みんな見向きもしないのでしょう。お金を出せば手間暇かけず、おいしいものは、いくらでも手に入れることができる時代なのです。
栗ご飯が好きな人は多いでしょう。同じようにどんぐりご飯はいかがでしょうか? 栗ご飯にその味は負けていません。右の写真はシイの実ご飯、左の写真はマテバシイの実ご飯です。私は、シイやマテバシイのどんぐりが、タンニンの含有量が少ないことを初めから知っていました。常緑性のシイ、カシの中には渋みの少ない種もあるのですが、落葉性のナラ類は、一様に皆渋いのです。落葉広葉樹の森にも、人々は暮らしていたのですが、タンニンの多い、ナラ類のどんぐりを食べるには、あく抜きが必要だったことでしょう。
一時、韓国担当の営業マンだった私は、どんぐりのでんぷんで作った韓国料理のトトリムックを食べたことがあります。トトリムックを作ろうと思い立ち、食材を買いに韓国の食料品を扱うお店が集まっている新大久保まで行って、どんぐりの粉を買ってきました。どのどんぐりが使用されていたかは不明ながら、日本より寒冷な韓国のこと。それは、落葉性のナラ類が原料だと推定しました。
この、どんぐり粉を5倍の水で溶き、火にかけ、焦げないように温めると、でんぷんの分子の隙間に水が入り、糊化(こか)してきます。片栗粉を水に溶かし温めると同じことが起きます。これを器に取り、冷やすと固まりになります。
これが、どんぐりのでんぷんを固めた、トトリムックという食べ物です。韓国風に味付けしてみました。ところがです。辛くしても、甘くしても、お酒を飲んで、ごまかしても、ちっともおいしくなく、ほとんど食べられない、食べたくない代物です。飢饉(ききん)のとき、考案されたどんぐり料理は、私の未熟さゆえか相性が悪く仲良しになれません。どんぐりに秘められたタンニンの苦みと渋みは、その後しばらく、口の中にとどまり続けたのでした。
でも、余ったどんぐり粉、もったいない。縄文の人々と同じようにあく抜きをしてみようと思いました。どんぐりの苦みの成分は水溶性のタンニンです。
どんぐり粉を水に溶かし上澄みを捨てれば、タンニンが抜けるはずです。2日ほど、上澄みを捨てることを繰り返しました。
左の写真があく抜きしたどんぐりのでんぷんです。指ですくってなめても苦くありません。完璧にタンニンが抜けました。これにどんぐりを砕いたものをトッピングしてお好み焼き風、どんぐりクレープの出来上がり(右の写真)。
「んーー、ほとんど無味無臭」!
手間暇かけた割にこの空虚感は、いただけません。こうなったら、おきて破りだけれど現代の材料と道具を駆使しても、「どんぐりをおいしく食べたい」!
タンニンを取り除いたどんぐり粉、小麦粉、ベーキングパウダーをバターで練り、砕いたマテバシイのナッツを混ぜてオーブンで焼いたどんぐりクッキーの出来上がり。それは、自分で作ったひいきがたくさん入って、美味、美味、美味。こんなおいしいクッキーを食べたことがない。本人が言っているのだから間違いありません。
おっと、この特別編を閉めないといけません。人はなぜどんぐりが好きなのか? それは、どんぐりが元々、人々の食料だった記憶が残っているからだと思います。人間は、どんぐりで飢えをしのげることを本能的に知っているのです。どんぐりを好ましいものと思える心、それは、私たちの食に根ざす生存本能やDNAに刻み込まれているのだと思うのです。
どんぐりころころ各論はまだ終わっていません。次回は「どんぐり ころころ[その15] ツクバネガシとオオツクバネガシ」です。お楽しみに。