小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
どんぐりころころ[その15] ツクバネガシとオオツクバネガシ
2021/01/19
どんぐりころころ、もう飽きましたか? でも、まだ各論が終わっていません。どんぐりとその木を知ることは、世界の森を知ることです。地球上で最もバイオマス(生物量)の多い植物は、マツ科といわれます。北回りでヨーロッパに行くと、延々とシベリアに広がる、マツ科の針葉樹林の上を飛行機で飛ぶことになります。その、バイオマス量は無量としかいえません。そのマツ科バイオマスの次は、温帯林~熱帯林に生息するブナ科のバイオマスなので、ブナ科の植物のお話は、そう簡単には終わりません。もう少しお付き合いをお願いします。年末にアカガシについて記述しました。今回は、アカガシに近縁といわれるツクバネガシとその間種についてです。
ツクバネガシQuercus sessilifolia(クエルクス セッシリフォリア)ブナ科コナラ属は、宮城県南部を北限域にして、主に日本の関東から西の地域に原生しています。海外では、台湾、中国中南部などに生える東アジア的常緑高木です。幹は暗褐色、古木では樹皮が縦に裂け、アカガシの風貌に似ています。
ツクバネガシの漢字名は衝羽根樫。それは、葉の付き方による命名です。葉は互生なのですが、枝先に輪生状に4枚から5枚の葉が広がって付く姿を、羽子板の羽根に見立てたのでした。正月に羽根つき遊びをした昭和生まれの人には、この形状は理解できるでしょうが、新しい世代には分からないかもしれません。種形容語のsessilifoliaとは、葉柄がないという意味なのですが、ないわけではなく短いのです。
ツクバネガシの葉は、葉柄が1cm程度と短く、革質で光沢があります。そして葉の基部がすぼむ形状をしていて、大きさが比較的小さなことを除くとアカガシに似ています。特に先端が尖るところはうり二つというところです。ちなみに葉身は、ツクバネガシが5~12cm、アカガシが15~20cmとアカガシが圧倒的に大きいのです。
ツクバネガシの若い葉です。よりツクバネガシの衝羽根(つくばね)状の葉が理解できます。若いときの葉には、白い軟毛が産毛のように生えています。
ツクバネガシのどんぐりは、アカガシ同様に5月に花を咲かせ、翌年の11月に果実が成熟する2年成です。この果実全体には、黄色の繊毛が密生していて形状はアカガシより細長く倒卵形をしています。花柱や花被跡もやたらに明確にあり、殻斗は輪紋状とうろこ状の中間に位置していて密生する短毛は、アカガシより短いのです。
日本にどんぐりを付ける植物は、亜種、変種を除き5属22種類の分布が確認されています。しかしながら。種とカウントされていない間種が幾つかあります。それは、近縁な種の間で自然に花粉のやりとりが行われ、交雑が進んでいるということです。進化は過去の出来事ではなく現在進行形なのです。
オオツクバネガシQuercua x takaoyamensis(クエルクス タカオヤメンシス)ブナ科コナラ属。学名中の「×」は交雑種であることを表します。種形容語の takaoyamensisは、東京都の高尾山にある株に命名されたことを表します。命名者は、日本植物学の父といわれる牧野富太郎氏です。このオオツクバネガシは、アカガシとツクバネガシの交雑によって生じたとされています。
オオツクバネガシの、雰囲気や樹皮はアカガシ、葉が枝先に輪生状に互生しているのでツクバネガシのようでもあります。ツクバネガシにしては葉が大きいし葉柄が明確にあります。さまざまな指標は両者の中間体を示します。
左側のオオツクバネガシの葉は、輪生状に枝先に集まり衝羽根の形状です。右側のアカガシの葉は、枝先なので比較してみました。この間種は、アカガシとツクバネガシの分布が重なる地域において、しばしば生じるのです。それはこの両種が、DNA的に同じものか、極めて近縁であることを示すものです。
私の作った植物標本で比較しましょう。葉の大きさ、形、葉柄の長さなどがその区別点です。この標本でオオツクバネガシが、ツクバネガシとアカガシの中間的な植物であることがお分かりいただけると思います。しかし、この標本は、われながら少しわざとらしく、出来過ぎ標本です。実際の差異は、もう少し分かりにくいので今までの記述を参考にしてください。
オオツクバネガシのどんぐりです。殻斗の短毛は両親に比べ少なく、形状は輪紋状とうろこ状の中間です。ブナ科コナラ属の種間雑種は、常緑カシ類の中で幾つか知られていて、アカガシ×アラカシ、ハナガガシ×アラカシなどが認められています。
次回は「どんぐりころころ[その16] 間種とイチイガシ」です。お楽しみに。