小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
どんぐりころころ[その17] ウバメガシとコルクガシ
2021/02/02
ウバメガシは、日本産どんぐりの中でも、他に類するものがない変わり者です。常緑のカシ類ですが、他のカシ類とは形態も生態も違うのです。どこがどのように違うのか見ていきたいと思います。極東の東アジアに生えるこのカシの近縁種は、なぜかユーラシアの西の果てに生えるカシなのです。
ウバメガシで作られる炭は、火持ちがよく火力も強いことで知られていました。江戸幕府第八代将軍徳川吉宗の時代、紀州田辺藩で炭問屋を営んでいた備中屋長左衛門は、紀州に豊富に原生している、この木で作る炭を江戸(東京)で売り出しました。品質に優れたウバメガシの炭は、大人気になり、長左衛門は自分の名前と屋号から備長炭をいう名前を付けたのでした。備長炭の生まれ故郷に、ウバメガシの樹林を見に行くことにしました。
日本において年平均気温が18℃以上だと、亜熱帯気候に区分されます。和歌山県の突端は、黒潮の影響を受け降水量も多く亜熱帯に類する気候です。すさみ町江須崎島という小島は、島全体に特異な植物が茂るために天然記念物に指定されています。
そこは島全体が神格化されていて、人為的開発が及ばない自然の森です。ウバメガシ、イヌマキ、イスノキ、ヒメユズリハなど、暖地の樹木にハカマカズラBauhinia japonica(ボーアニア ジャポニカ)マメ科ハカマカズラ属などのつるが巻き付きうっそうとしていました。その林床には、シダ植物のヒトツバPyrrosia lingua(ピロシア リングア)ウラボシ科ヒトツバ属などの植物が見られました。
ウバメガシQuercus phillyraeoides(クエルクス フィリラエオイデス)ブナ科コナラ属。種形容語のphillyraeoidesは、モクセイ科の植物Phillyraeaとoides~似たの合成語で、フィリラエアに似たという意味です。写真は、和歌山県江須崎のウバメガシ極相林です。樹冠は、地上から6mほどのところに広がり、幹は曲がり、ゴツゴツしていて、なんだかゾワッとするような暗い森でした。
ウバメガシは、風の強い海岸縁では、低木状で密生した林をつくります。このウバメガシの自然林が不気味なのは、この木が直立しないでウネウネと曲がって育つからだと思います。それでも備長炭の生産には手頃な枝がたくさん取れる樹木だと思います。
ウバメガシは、時に10m以上に育つ木ですが、高木のカシ類が多い中では、低木の範囲かもしれません。分布は、千葉県南部を世界的な北限として、西の海岸沿いに九州、沖縄へ、そして中国中南部などに原生する東アジアのカシです。
葉の形状は倒卵形で長さ5cm程度の大きさ、縁に鋸歯があります。葉が硬くクチクラ層が発達しているので、潮風や乾燥に耐えることができます。
これが、新鮮なウバメガシのどんぐりです。大きなものでも縦2.5cmぐらい、形状は丸いもの、細長いもの、形がゆがんでいるものなどがあり、あまり均整が取れていません。その殻斗は小さく、薄くもろいのです。果実から外れやすく、通常、一緒になっていません。
私がウバメガシを奇妙だと思うのは、今まで見てきたアラカシ、アカガシ、シラカシなどの常緑カシ類の殻斗が、皆、輪紋状なのに対し、同じく常緑のカシ類であるのにウバメガシの殻斗が、鱗片状であるからです。温暖で降水量の多い環境に、カシ類の多くは生息しているのですが、ウバメガシときたら、潮風の吹き抜ける乾燥した環境にも適応しているのです。
ウバメガシに近縁とされているのが、南ヨーロッパと北アフリカの、地中海沿岸地域に原生するコルクガシです。それは樹形といい、雰囲気もウバメガシに似ているように思います。
コルクガシQuercus suber(クエルクス スベル)ブナ科コナラ属。種形容語のsuberは、コルクを意味します。コルクガシは、夏に高温乾燥する、地中海沿岸気候に適応した常緑のカシです。
コルクガシやオリーブは、照葉樹と比較して硬葉樹といわれます。その葉は硬く、葉の表面積を抑え、水の蒸散を少なくする形状をしています。大きさは5cm以下、葉裏は繊毛が密生し白く見えます。コルクガシとウバメガシは近縁とされ、互いに交雑すると本に書かれています。西のコルクガシと東のウバメガシ、このような隔絶分布がなぜ起きたのでしょうか? 分からないことばかりです。
コルクガシの樹皮は厚く、この木からコルクを取ることは有名です。左党の私は、しばしばこの木のお世話になっています。この木について調べていたとき、磔(はりつけ)にされ生皮を剥がされた、聖人バルトロマイの逸話を知りました。あまりにも凄惨(せいさん)な運命に衝撃を受けた私は、同じように、生きたまま皮を剥がされる過酷な宿命を持つコルクガシが気の毒になりました。
ワインの栓になくてはならないコルクガシですが、そのどんぐりも無駄にしません。昔からヨーロッパでは、豚にどんぐりを食べさせる養豚が行われてきました。洋の東西を問わずどんぐりとその木は、さまざまに人々の生活になくてはならない植物なのでした。
次回は「どんぐりころころ[その18] あんなどんぐり、こんなどんぐり」です。お楽しみに。