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どんぐりころころ[その19] マテバシイ属 前編

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

どんぐりころころ[その19] マテバシイ属 前編

2021/02/16

「どんぐりころころ」から話はかなり飛びますが、日本は、資源の少ない国だと昔からいわれてきました。それでも日本が世界一、所有量の多い資源があります。それは海水の量です。日本の排他的経済水域は三次元的で深い海なのです。深海は、人の生存を許さないところ、水深200mを超えると光も届かない世界です。そんな場所にどんぐりと呼ばれる生き物がすんでいました。

駿河湾の泥底、水深300~350m。ヌタウナギ漁の混獲物として得られたのが写真の右側の、ドングリバイBuccinum bombycinumエゾバイ科エゾバイ属です。名前が「どんぐり」つながりとはいえ、軟体生物の登場です。話の飛躍もいいかげんにしろとお叱りの意見もございましょう。しかし、どんぐりの起源に迫る話なので聞いてください。

ドングリバイに近縁のバイ科バイ属の各種です。バイガイは食用の貝なので、知っている方も多いと思います。バイ属は、台湾付近の海域(ゾウゲバイ、チューシャンバイ、ヤマグチバイなど)で多様性が高く、続いてボルネオバイ、ベンガルバイ、セイロンバイ、ソマリアバイなど、その生息域にちなんだ固有種が世界に分布しています。この貝は、海底にすんでいて、狭い範囲で世代交代を繰り返し、地域ごとに分化しているのでした。

それぞれの生き物には、生まれた場所があります。そして、変異変容を繰り返して種として分化していきます。

バイ属は、中生代、赤道付近に広がっていたテチス海で発生したと考えられていて、その海域の名残に、今でも生息しています。写真の右から、日本の海域近辺に分布するバイ属北限分布種のバイガイBabylonia japonicaバイ科バイ属であり、続いてセイロンバイ(スリランカ海域)、ソマリアバイ(紅海海域)となります。

どんぐりを付ける植物も、白亜紀にテチス海の岸辺で生まれたとの学説があります。なぜかというとアジアの熱帯付近に最も多くの種を分化させ、テチス海岸辺要素以外の場所で原生種と化石が見つかっていないことがその根拠になっています。

今回のテーマである、マテバシイ属の日本分布は2種であり、この属の北限種です。他に台湾、熱帯アジア、ボルネオ、マレーシアなどのテチス海の岸辺だっただろう地域に、300種以上のマテバシイ属が生息しています。

マテバシイ属Lithocarpusの属名のlithoは接頭語で石、岩を表し、carpusは果実のことです。それは、この属の特徴の一つである。硬いどんぐりを表します。マテバシイ属の主な生息地は熱帯の雨林です。そこは、湿度が高く、虫たちの多様性の高い場所です。Lithocarpus属の名は、石の果実という意味です。殻が分厚く硬いこと、それは、昆虫の多い環境における、虫害防除のための適応と考えられます。日本産のナラ類、カシ類の多くは、コナラシギゾウムシなどの食害を受けます。拾ったどんぐりを箱に入れておくと、いつの間にか出てくるあの虫です。マテバシイ属の日本産2種は、殻が硬く食害を受けません。

マテバシイ属は、常緑の高木です。木の見た目はコナラ属のカシ類のように見えます。でもカシ(樫)という和名ではなく、シイ(椎)という名前が付いていることには理由があります。コナラ属は皆、雌雄異花序であり、風によって花粉が媒介される風媒花で、雄花をぶらぶらと尾状に下垂させます。それは風に花粉を乗せるための形態です。

マテバシイ属も雌雄異花序で、雄花が穂状で直立し妙な臭いを出します。それは、虫を誘う臭いであり、立ち上がった花序は、その止まり木の役割を果たすのです。カシ(樫)とシイ(椎)の違い、それは風媒花と虫媒花。生殖における花粉の受粉方法の違いなのです。

Lithocarpus sp.、この種の特定はできていません。でもそれがマテバシイ属の植物だということは分かります。その属は、豊富な降水量に恵まれた、東アジアと東南アジアに固有の種であり、資料によると334種を数えるといいます。乾燥に弱く、季節的に極端に乾く地域には原生しません。温暖な気候を好み、属として原生の世界的北限は、京都市だと思います。成木になるとある程度の低温にも耐え、植栽的北限は照葉樹林の北限である宮城県と重なります。

マテバシイLithocarpus edulis(リトカルプス エデュリス)ブナ科マテバシイ属。種形容語のedulisは、そのどんぐりがedible(食用、食べられる)だという意味です。この植物は、なじみの深い樹種ですが、自然に生えている地は、沖縄などの南西諸島、九州などとされ日本に固有の種となります。鳥取にその自然林があると聞くので世界的な原生地の北限だろうと思います。ちょっと待て、「あそこにもここにも生えているぞ」と思う方がいるかと思いますが、それは、この木が有用木なのでさまざまに植栽されているからということです。

マテバシイは、病気や虫の被害がなく、大気汚染や潮風にも耐え、成長が早く環境耐性が強いので、公園植栽や街路樹にしてもほとんど手がかからない重宝されている樹種です。それが、各地にマテバシイが植えられる理由です。

マテバシイの樹皮は、灰色でノッペリと滑らかです。幹は基部で分枝して株立ちのようです。木材としての強度はありますが、曲がりやすい幹質、狂いやすい材などで利用は難しいかもしれません。ナラ、カシ、シイの材は、その堅さ故にさまざまに利用されますが、他に私たちは、これらの木材を間接的に食べています。誰が、直接シイなどの材を食べるのでしょうか? それは、キノコです。

ナメコ、ヒラタケ、エノキタケ、マッシュルームなど、自宅でキノコの菌床栽培に熱を上げたことがあります。最も、家庭でのキノコ栽培に適していたのはシイタケでした。シイタケは、その名の通りシイ(椎)などを栄養源にする菌類ですが、他のコナラ属も利用できます。マテバシイのおがくずに米ぬかを10%程度混ぜて固めた菌床でも、シイタケ栽培ができます。

厳寒期、寒くて庭でのガーデニングがしたくない時期は、室内のキノコ栽培の適期なのです。シイタケが発生する適温は、人間が快適と思う温度です。よく菌糸が回った菌床を購入し、暖房が効いている居間や台所の脇に置いておけば、2週間ほどでシイタケが発生してきます。その成長の早さと収穫量には満足するでしょう。おいしいシイタケも、どんぐりを付ける木がもたらす恩恵の一つなのです。

次回は「東アジア植物記 どんぐりころころ[その20] マテバシイ属 後編」です。お楽しみに。

JADMA

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