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どんぐりころころ[その21] シイ(椎)属 前編

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

どんぐりころころ[その21] シイ(椎)属 前編

2021/03/02

長いこのシリーズ、どんぐりころころの連載もいよいよ大詰めを迎えました。最後にシイ属の登場です。椎名さん、椎林さん、椎村さんなど、シイと名の付く名字は多く、香椎、椎葉などの地名もあります。腰椎、脊椎など人体の要になる部位にもシイ(椎)の名は使われ、私たちの人生に深く関わっていることが実感できます。シイという植物はどのような植物なのでしょうか?

クリ属のことをCastaneaといいました。シイ属の学名をCastanopsisといいます。それは、castanea(クリ)とopsis(似ている)の合成語です。これから紹介する日本産シイ属はクリに似ていないのでは、という意見もありそうです。しかし、世界に分布している種を見ると、なるほどクリに似ていると思います。

カスタノプシス アルマタCastanopsis armataブナ科シイ属は東南アジアから東ヒマラヤの山地に生息するシイ属です。殻斗はとげを持ちイガ状です。果実もクリに似ています。この仲間には、クリガシと呼ばれる種もあります。シイ属は、東アジア、東南アジアからインドネシアに100種以上生息していて、マテバシイ属と同じように日本がその北限分布地域になっています。

日本には、スダジイとツブラジイの2種と、オキナワジイ(亜種)が生息しています。それぞれの樹木はよく似ていて、同種であるとの意見もありますが、今回は違う種、亜種として記述することにしました。スダジイ、ツブラジイ、オキナワジイの木は、常緑広葉樹の代表といっても過言ではないでしょう。私たちにはなじみの、暗い森をつくる木です。

春になると、枝先から新芽や花穂が伸長し、シイ類の樹冠は房状(クラスター)になって盛り上がります。その状態を文学的には「森笑う」と表現します。春の日差しを存分に浴びる季節。人も草も木々たちも笑顔の季節は、もうすぐそこにあります。

スダジイCastanopsis sieboldii(カスタノプシス シーボルディー)ブナ科シイ属。種形容語のsieboldiiは、命名者のPhilipp Franz Balthasar von Siebold(シーボルト)にちなみます。この種の北限は日本の宮城県。マテバシイと同じです。本州、四国、九州、沖縄に生息しますが、済州島にも原生と聞きます。スダジイは見慣れた木ではありますが、日本周辺の東アジアに固有の種なのです。それは暖地の沿海部に生え、大きな木で、樹高30mほどに育ちます。

スダジイの開花は5月。新芽の付け根に雌雄異花序を伸ばし、多くの花を咲かせます。シイ属はクリやマテバシイと同じように虫媒花です。

スダジイの雄花序と雌花序です。雄花は花粉を出す専門器官で、ややぶら下がり気味で脆弱(ぜいじゃく)にできています。最初は白色をしている雄花ですが、時間がたつと黄色く変色して落下します。

シイの花の臭いは、あのクリの臭い。つられてやってきた昆虫は危なっかしい、雄花序から蜜をもらい、花粉を食べたりします。疲れた昆虫たちは、止まり木のようにしっかりした形状を持つ、雌花序の上で一休みを取るシステムなのです。雌花たちは、ちゃっかりとその間に花粉をもらいます。

スダジイの実は、1.5cmほどの円すい形。開花の翌年に成熟する2年成。初めはクリのように殻斗がどんぐりを覆っていて、秋になると三裂してどんぐりを露出させます。このあたりもクリに似ています。

これ、けっこうおいしいのです。あのタンニンの苦みが全くありません。どうして日本人は、スダジイの大きな実の選別や、倍数体育種などを思いつかなかったのでしょうか。その研究は、日本の食料自給率の向上に役立つに違いありません。

奄美大島の森です。沖縄など南西諸島の森は、オキナワジイが主な構成要素になっています。 オキナワジイCastanopsis sieboldii subsp. lutchuensis。それは、スダジイの亜種であり南方系の個体群なのです。沖縄ヤンバルの森などにおいても、7割はオキナワジイで構成されるといいます。

スダジイを特定するのは難しくありません。葉は卵形で先が尖り、細かい鋸歯があり葉柄1cm内外、葉身5~10cmです。このスダジイ最大の特徴は葉の裏側に、黄褐色の毛が密生していて、樹木全体がやや褐色を帯びて見えることです。

森や林、公園にいて大きな木を見上げたとき、全体として黄褐色に見えたなら、それはスダジイだと思います。スダジイは、常緑広葉樹の森の主。ここにも、あそこにも生えているはずです。

次回は「東アジア植物記 どんぐりころころ[その22]」です。シイ属の後編と、どんぐりころころのまとめをしてシリーズを締めくくります。お楽しみに。

JADMA

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