小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
北を指す花 コンパス植物
2021/03/23
未曾有の大震災から10年の月日がたちました。今でもそこで何が起きたのかを考えると、心が震え目頭が熱くなります。その年の夏、何かお手伝いができないかと思って訪れた福島で、私はあまりの被害の大きさに言葉を失いました。それから数年の間、被災地に心を寄せ、一緒に地域に花を植え、育てる活動をしてきました。
東京から、岩手回りでたどり着いた福島県南相馬。そこで見たものは、仮設住宅に身を寄せる方々と、テレビから伝わることのない津波の匂い。そしてがれきの山。生々しい圧倒的な暴力と破壊の爪痕でした。
あれから、植物のことしかまともにできない私は、不自由な生活を強いられる、岩手、宮城、福島など、仮設住宅において、花と緑に囲まれる生活を取り戻す、お手伝いをしてきました。
岩手県陸前高田市は、平地の少ない三陸沿岸において、広い土地を持つ大きな町でした。壊滅した平野部と市街地には一面、がれきがうず高く積まれ、とりわけ大きな被害を出したことが分かります。「がれきを見ると繰り返し、繰り返し津波の恐怖と喪失感が襲ってくる」と被災された方は話していました。
震災から月日がたつと、自宅の跡地に花を植える人たちがいました。家財をあるいは家族を、その場所で失った人たちは、墓前に花を手向けるように、自宅の跡地に花を植えていたのでした。
それは、自らの暮らしを取り戻す、試みだったのだと思います。自身の生活がままならない状況においても、人は大切な人の幸せを思い、気持ちを花に託すのです。その花壇を私は、鎮魂の花壇といいました。
陸前高田をはじめ被災地各地には、そんな鎮魂の花壇が無数に作られたのです。
そんな花壇の一つに、「陽だまり花壇」と呼ばれる場所がありました。それは、自宅でお子さまを亡くされた親御さんが、自宅の跡地に作った花壇です。こんなエピソードがあります。
「花壇に花を植えていたら、白鳥が飛んできて花壇の周りを飛んだのです。花を手向けたお礼に子どもが白鳥になって帰ってきたと思うのです」
それは、あまりにも悲しく美しい話。その話を聞いたとき私は人目もはばからず涙が止まりませんでした。白鳥の物憂げで悲しそうな眼差し、経験の少ない若い白鳥たちは親鳥の後について北へ帰っていきます。親のいない白鳥は、北に行くことができるのでしょうか?
春に、東北の山にコンパス植物といわれる、モクレン属のコブシやタムシバの花が咲きます。
コブシMagnolia kobus(マグノリア コブス)モクレン科モクレン属。種形容語のkobusは、日本名のコブシによります。
コブシは、Japanese magnoliaともいわれ、日本全土、済州島に生える日本を代表するモクレンの仲間。その名前を知らない人がいないほど有名な落葉の高木で、15mほどに成長します。
一方で、積雪の多いところでは、より小型のタムシバが生えています。
タムシバMagnolia salicifolia(マグノリア サリシフォリア)モクレン科モクレン属。種形容語のsalicifoliaは、ヤナギ属のような葉を意味します。タムシバの葉がモクレン属の中でも細い葉をしているからです。コブシもタムシバも蕾の方位が、全体として北を指すように傾いているのです。
落葉性のモクレン属植物をコンパス植物といいます。写真は、中国東南部に原生するハクモクレンMagnolia denudataの蕾です。寒い冬に蕾が膨らむこの植物群は、よく日の当たる南側は、暖かいので細胞の伸長がよく、北側は伸びにくいので、南側の花弁が大きく育ち、北側の花弁にかぶさるようになります。すると蕾全体が北方を指すようになるのです。
落葉性のモクレン属は、北に帰る鳥たちの道しるべです。親のいない白鳥が無事に北にたどり着きますように。そしてまた帰ってきてください。
次回は「たねダンゴの来た道」です。お楽しみに。