小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
タツナミソウ属[前編]
2021/05/11
寄せては引いて、盛り上がり砕け散る波頭。その波の姿を切り取ることは、現代の写真技術でさえ至難の業だと思います。江戸時代に、その姿を筆で見事に描いた浮世絵師がいました。植物の世界にも、その瞬間を見事に表現したタツナミソウという草花があります。
タツナミソウは、日本中(北海道を除く)の平地や低山、道端、林縁などで、春4~5月に小さな波頭を立てて花を咲かせています。
タツナミソウ Scutellaria indica(スクテラリア インディカ)シソ科タツナミソウ属。種形容語のindicaは、インドを表します。この植物の分布は、日本の南東北から東アジア南東部を経て、南アジアまでの広範囲に及んでいます。
タツナミソウの花は左右対称。花びらが一体化して基部では筒状となります。花の形状は、とてもユニークでがくからすぐに垂直に立ち上がります。花弁は長く2cmほど、上部で上唇弁と下唇弁に分かれ、上唇弁は波頭のように盛り上がり、下唇弁は突き出て下降し、蜜標となる紫色の斑点を付けます。
タツナミソウの属名のScutellariaのscutellaは、ラテン語で小さな皿を意味します。花びらが落ちた跡に残るがくが、お皿のような形状になるからです。英語ではこの属種をskullcapsといいます。それは、上唇弁の形状が頭蓋骨にフィットするつばのない帽子、あるいは、中世の鎧(よろい)騎士の鉄かぶとを連想させることによります。
タツナミソウを拡大鏡で見ると、全草に白い毛が垂直に生えているのが分かりました。この軟毛、小さな虫にとってとげや針に相当する、対虫装備となっています。がくの中には、四分割された果実が見えます。それは、シソ科植物の特徴の一つであり、種(タネ)が1つずつ入っています。
タツナミソウには、シロバナタツナミソウという品種があります。色素合成ができないアルビノ株ですが、Scutellaria indica f. amagiensis(スクテラリア インディカ フォーマ アマギエンシス)と品種名が付き区別されています。品種名のamagiensisは、天城山にちなみます。
タツナミソウは、北海道以外、日本の全土に生え、地域や生息環境ごとに分化して、さまざまな変種があります。
暖地の海岸付近には、コバノタツナミソウScutellaria indica var. parvifoliaがあります。変種名のparvifoliaは、parvus(小さい)+folia(葉)の合成語です。葉が短く繊毛が密に生え、花茎が単独で直立するように見えますが、違いを明確に示すのはかなり難しいように思います。
一方で、分化の進んだ多くの種もあります。日本の本州~四国には、山地や丘陵地の森や林の中に咲く、タツナミソウ属があります。直射日光が当たらない、やや半日陰地にそれは原生します。丈が高い大型の種で花をややまばらに付けます。
オカタツナミソウScutellaria brachyspica(スクテラリア ブラチスピカ)シソ科タツナミソウ属。種形容語のbrachyspicaは、brachy(短い)+spicatus(穂状)をなしたという意味があり、50cmにもなる大型の種で、半日陰のやぶなどに生えること、花茎がごく短く、頂生するように見えることが特徴で明確にタツナミソウとは区別できます。
穂状に咲くタツナミソウ属の花は人気があります。野山に探しに行かなくても園芸店で買うこともできます。 スクテラリア ブルーファイヤー、タツナミソウ属の園芸種です。
世界には花が赤いタツナミソウ、黄色いタツナミソウなどがあり、タツナミソウ属の園芸種がもう少しあるとうれしいですね。それでも、野山に咲くタツナミソウ属の姿を見る魅力は、尽きることがありません。後編では、もう少し他のタツナミソウ属が、どのような場所に生息するのかについて見ていくことにします。
次回は「タツナミソウ属[後編]」です。お楽しみに。