小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
タツナミソウ属[後編]
2021/05/18
タツナミソウ属は、200種以上の種属を抱える大家族。世界中の暖温帯域に生息しています。そして、東アジアのさまざまな環境にも適応して原生しています。後編ではその一部を紹介していきます。
タツナミソウScutellaria indicaは、この属の基本種。花期は4~5月です。地下茎から伸びた茎の上部に穂状花序を出し、波頭のような唇弁花を咲かせます。地下茎と実生でよく増え、広い分布域を持つ植物の一つです。
アツバタツナミソウScutellaria tsusimensis(スクテラリア ツシメンシス)シソ科タツナミソウ属。種形容語のtsusimensisは、対馬を表します。草丈は20cmくらい、地下茎から直立して茎頂にたくさんの花を咲かせていました。葉色は深緑色で葉の表面にはクチクラ層が発達している様子、乾燥した林に生えるとされ、乾燥耐性など、環境耐性が強そうです。
アツバタツナミソウは、名前の示す通り、対馬産のタツナミソウとして区別され学名が付けられました。海外では韓国南部にも生息し、本州の広島、山口でも生息が確認されています。アツバタツナミソウは、日本の中国地方~対馬を経由して韓国南部に分布する植物です。それは、日本と大陸をつなぐ植物だということです。
大陸のタツナミソウを紹介したいと思います。写真は内モンゴルの陰山山脈Yīnshān Shānmài(シンシャン シェンマイ)です。位置的に黄河の北にあり東西に延びる山です。この山脈は中国において農耕と牧畜を分けるとされています。
陰山山脈の北側は、年間降水量が300mm以下であり、草原を経てゴビ砂漠に至ります。南側は、小麦がとれる限界降水量です。古くは匈奴(きょうど)や騎馬民族が跋扈(ばっこう)した土地柄だったのです。通訳のモンゴル人から聞いた話ですが、「この地域は、雨が降れば小麦がまける、降らなければ飢えか、略奪しか方法がなかった」、そんな厳しい土地なのです。
そんな陰山山脈ですが、南側斜面はフローラ(自生の植物)が比較的豊富です。平地からの上昇気流が湿気をもたらすのでしょう。青紫の花色をしたタツナミソウがよく目立って咲いていました。この植物の中国名を黄芩huángqín(フアン チィン)といいます。
スクテラリア バイカレンシスScutellaria baicalensisシソ科タツナミソウ属。生薬名の黄芩huángqínを、日本では「オウゴン」といいます。この植物の地下茎の色が黄色いからです。乾燥地の宿根草は上部構造の見た目以上に発達した地下部のバイオマス(量)を有していることが普通です。種形容語のbaicalensisは、シベリアのバイカル湖にちなみます。それは、朝鮮半島から中国東北部、モンゴル、そしてシベリアに原生するタツナミソウ属です。
スクテラリア バイカレンシスは、大型のタツナミソウ。株は60cm四方、丈も60cm程度に育ちます。花期は夏、青紫の花を穂状にたくさん付けていました。このタツナミソウは、とても美しく、乾燥した山地に生えるので環境耐性が強い種だと思います。
山地に生えるタツナミソウから、今度は、海と陸とがせめぎ合う海岸縁に生えるタツナミソウの仲間、波が来そうな場所に生える、ナミキソウ(浪来草)を紹介します。
ナミキソウScutellaria strigillosa(スクテラリア ストリギローサ)シソ科タツナミソウ属。波が来そうな砂浜で夏に青紫の花を咲かせるタツナミソウ属です。種形容語のstrigillosaとは、密生した毛で覆われたという意味です。密生した繊毛は塩分飛沫を防御するシステムなのでしょう。クチクラ層の照りも確認しました。体内に入った塩分を排出する機能もあるのだと思います。海岸近くで見た株は、塩分ストレスで葉色が赤く変色していましたが、枯れないようです。
ナミキソウは、少し変わっています。地下茎から茎を立ち上げ、上部葉腋に1つずつ同じ方向に2つの花を斜めに咲かせます。それは、穂状に花を咲かせるタツナミソウの形状らしくありません。それでも筒状の唇弁花、果実の形状はタツナミソウ属のそれです。
ナミキソウは、日本の九州から北海道、朝鮮半島、樺太、千島列島に及び、東アジアの中北部沿岸に生える海浜植物です。タツナミソウ属は、小さな草花ですから、花どき以外はあまり目立ちません。それでも、世界のさまざまな環境に適応して、多くの種分化に成功した種属だったのでした。
次回は、初夏の林床でひっそりと花を咲かせるワニグチソウ(鰐口草)のお話です。お楽しみに。