小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
湿原のランラン トキソウとサワラン
2021/06/01
春の花が一通り咲き終わり、夏の花の季節がやってきました。初夏、湿原では、最もさまざまな花々が咲き乱れる季節です。緊急事態宣言が解除されたらすぐにでも花を見に行きたいと思います。湿原とは、土地が水で満たされた草原です。栄養塩類は水で溶脱されほとんどありません。そこは、樹木などを養うことができない環境です。土地は砂地であったり、ミズゴケが堆積した泥炭地であったりします。そんな、Wet land に咲くランを紹介していきます。
この場所は、平地の砂地です。海進でできた平野部のくぼ地に河川から水が供給され湿地になりました。一面に咲く小さなピンク色の花、それはトキソウです。一体どれくらいのトキソウがあるのか数えることすら難しい大きな群落です。
トキソウ(鴇草)Pogonia japonica(ポゴニア ジャポニカ)ラン科トキソウ属。属名のPogoniaとは、ひげのあるという意味です。この属は世界に5~6種。唇弁がひげのように切れ込むことを特徴としています。それは、この後にある写真で確認できます。和名は、トキという鳥の羽色に花色が似ている故の命名でしょう。種形容語のjaponicaはご存じの通り日本産という意味です。
真夏になると、このトキソウが咲く湿原にはサギソウ(鷺草)Pecteilis radiataを見ることができます。トキソウとサギソウ、鴇と鷺。いずれも湿原でつながる命名の妙なる縁です。
こちらは、積雪地域の高層湿原です。谷が火山の噴火でせき止められ、周りのブナ林から水が染み出し、加湿状態の草原になっています。表面にはミズゴケが生え、食虫植物のモウセンゴケも生えていました。トキソウは、こんな、亜高山帯の湿地にも原生する守備範囲の広いランです。
トキソウは地下茎から葉1枚と苞葉を持つ花茎を10~20cmほど伸ばし、トキ色の花を1輪だけ、初夏に咲かせます。ラン科は単子葉類です。花は3数性でした。がく3枚、花弁は3枚です。花被の構造は、横に広がる側がく片2枚、中央の背がく片1枚です。中央に側花弁2枚と唇弁1枚の構造となっています。トキソウの特徴の一つは、背がく片が立ち上がることです。
トキソウの属名であるPogoniaの意味だった、ひげを確認してください。トキソウはjaponicaという種形容語ですが、日本の固有種ではありません。この種は東アジアの北部に広く原生するものです。同じように、和名のもとになったトキ(鴇)Nipponia nipponという鳥も、日本固有種みたいな大げさな学名を付けられたのですが、同じように広く東アジア北部を生息範囲にしていた鳥です。
トキ(鴇)Nipponia nippon(ニッポニア ニッポン)トキ科トキ属。ペリカン目に属し、一属一種の鳥です。 この鳥は、同種として日本を含めた東アジアの中国、ロシア、朝鮮半島に生息していました。飼育員によると、トキはとても不器用で注意が足りない鳥とのこと。環境の変化に順応できず、ロシア、朝鮮半島、日本で野生種は絶滅。しかし現在では、中国秦嶺山脈個体の人口飼育に成功し、日本では500羽近くが野生化、あるいは飼育下で生息しているとのことです。
トキソウと同じ場所に、鮮やかな紅紫色(マゼンタカラー)のランを見つけました。
サワランEleorchis japonica(エレオルキス ジャポニカ)ラン科サワラン属。色気のある、美しい色合いをしている寒地の湿地ランです。日本の中部以北と北海道に生息していますので、種形容語のjaponicaは、正しい種名だと思います。
サワランは、高層湿原のミズゴケの上に生えるランです。ラン科独特のバルブ(偽球茎)を持ちその脇から1枚の葉と1本の花茎を立ち上げて2.5cm程度の花を半開きに咲かせます。サワランの漢字は沢蘭ですが、川筋ではなく湿原が生育環境です。花色が美しいのでアサヒランという別名もあります。このサワランは、トキソウとは別属であり生態と形態が違うのですが、トキソウと同じ生息域と生息環境、同じ時期に生え、草丈、花の大きさが同じなど似通っていますのでサイドバイサイドで比較しておきます。
一つ前の写真でトキソウとサワランの違いについて触れました。トキソウもサワランも小さな湿地のランであり、地下部から1本の花茎と1枚の葉を展開することでは同じです。両種とも、たった1枚の葉しか展開しません。それは、あまりにも簡素で省エネな器官です。この葉で光合成を営み、これだけの花を付けることができるとは思えません。
次回は、湿地のランランの続きです。お楽しみに。