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水の女神 スイレン属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の女神 スイレン属

2021/08/10

古代から人は自然を敬い、畏れ暮らしてきました。その荒ぶる振る舞いや、優しさを擬人化したのが、神様や精霊なのだと思います。「山川空海」に宿る神霊たちのことは、世界中さまざまな言葉で語られています。そんな精霊たちの名を属名にしたのがスイレンです。

ギリシャ神話で描かれるNymphe(ニンフ)たちは、さまざまなものに宿る自然恩寵の化身です。多くの場合、若い女性の姿として擬人化されています。スイレン科スイレン属 Nymphaeaニンファエア)の属名は、水の精霊という意味です。

スイレン(睡蓮)Nymphaeaニンファエア)スイレン科スイレン属は、植物進化の過程で被子植物が誕生した、基部植物の一つとされ起源がとても古い植物の一つです。それは、世界中の熱帯~温帯に生息する分布域の広い植物群で、水中の泥底に地下茎を持ち、水面に葉と花を浮かせる水生植物です。

多くの種を持つスイレンですが、日本の湖沼、池などには、ヒツジグサNymphaea tetoragonaニンファエア テトラゴナ)スイレン科スイレン属だけが原生しています。種形容語の tetoragonaとは、 tetra=四つの+gon=角の合成語です。それは、四つのがくを指すのだろうと推測しますが、真意は不明です。

ヒツジグサは、北半球に広く生息する原種の一つです。和名は、1日を12に分けた時刻における、未(ひつじ)の刻(午後1~3時の間)に由来します。それは、この植物が午後から開花する性質を示しています。ヒツジグサは、スイレン属の中でも小型です。浮遊葉の直径は15~20cm程度、花の大きさは3~4cmほどでした。花は、4枚のがく片、多数の花弁と雄しべを持ちます。そして複雑な構造を持つ、雌しべ1本を持つ両性花ですが、途中で性転換をする花として有名です。

開花の初日は雌花です。外見からは雌しべを確認できませんが、中心のくぼみを柱頭板といいます。ここに柱頭液と呼ばれる雌しべの分泌液が満たされます。その液に花粉が供給され受精に至ります。昼間、開花した花は、夜に眠るように閉じます。それが漢字で睡蓮と呼ばれるゆえんです。

2日目。昼に花が開くと、もう雌花ではありません。花粉も十分準備できていないので未成熟雄花となります。すでに柱頭液は枯れています。夜が来ました。また、眠りにつきます。

3日目、目が覚めたら完全な雄花として開花します。葯(やく)が開き、たくさんの花粉を出し、虫を呼び寄せ花粉を運んでもらいます。また、夜が来て花は眠りにつきますが、再び開くことはありません。植物たちは、あの手この手で自家受粉を避けて、違う遺伝子を受け入れようとしているのでした。

園芸種のスイレンには、北米やヨーロッパに原生する種を改良した温帯スイレンと、東南アジアやアフリカなど、熱帯に産する種を改良した、熱帯スイレンと呼ばれる2群があります。家庭でスイレンの花を楽しむ場合、熱帯スイレンと呼ばれる品種が、格段に育てやすく花を楽しむことが容易です。花には温帯種にない青い色素もあります。

私も、幾度となくメダカと一緒に熱帯スイレンを育ててきました。これらは日当たりのよい場所なら狭い場所でも花を咲かせる性質があります。温帯スイレンは、浮遊葉を全て水に浮かせておかないといけないのですが、熱帯スイレンは、水の上に葉が出ていても生育に影響がないのです。

だから、こんな容器に水をためるだけで栽培ができます。熱帯スイレンのドーベン、という品種は、小さくても花を咲かせる性質があります。それは、飽きるほどよく花を咲かせ、夏~晩秋まで花を楽しめるのです。その年の開花が終わったのは、12月でした。

熱帯スイレンを育てていると、葉の中央部にムカゴが生じることがあります。それは、小さなスイレンの形になっていきます。これくらいになったら、親株から葉を切り分けよく日の当たる場所で葉を裏返しにします。

すると、ムカゴは葉の栄養分を吸収して、急速に驚くような成長を遂げていきます。この子株を荒木田土に植えてあげて水の中で育てると、その年のうちに花を咲かせるのです。容器は小さくてもよいです。水をためてよく日に当てること、肥料を多く与えることができるなら熱帯スイレンの栽培は夏の楽しい思い出になるでしょう。熱帯スイレンは、冬に小さな球茎を作り休眠します。凍らない水の中で保存すれば、翌年再び楽しむこともできます。

次回は「聖なる香りハス属[前編]」です。お楽しみに。

JADMA

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