小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
聖なる香りハス属[中編]
2021/08/24
今回の中編では、ハスの文化的側面を考察してみます。
中国でハスは、その部位ごとに違う固有の字があります。難解な字が多いのですが要約すると、花を「芙蓉(フヨウ)」、葉を「荷(カ)」、地下茎を「藕(グウ)」、花托を「蓮(レン)」、種(タネ)を「的(テキ)」というらしいのです。東アジアにおいて、人とハスとの縁は深く、ハスの部位にそれぞれの違う漢字を当てること、それは人とハスとの深い関係を示しています。
フヨウ「芙蓉」とはハスの花のこと。ハスの花は主に観賞用です。それは、20cm以上もある大きな花を咲かせることもあります。芙蓉という漢字は、大きく上品という意味で、本来ハスの花を表しました。通常、芙蓉と漢文で書かれていた場合は、ハスの花のことです。アオイ科フヨウ属のモクヨウ(Hibiscus mutabilis)を日本では、フヨウともいいますが、正しくはモクフヨウ(木芙蓉)です。
カ「荷」とはハスの葉のこと。まず、草冠のない「何」という漢字からの解説です。それは、人が物を担いでいる象形から作られました。音は「カ」です。しかし、この「何」という字が疑問詞として使われるようになって、その役割は「荷」という漢字が果たすことになりました。ハスの葉をよく見ると、茎が葉を荷なっています。その形状から草冠に「何」を書いて「荷」が生まれたとされています。
これ、テレビなどで見たことはありませんか? 天台宗総本山・比叡山延暦寺の行者が、千日回峰行の際にかぶる笠の形です。妙なかぶり物だと思っていましたが、未完であり、悟りに近づくという謙虚な姿勢を示すために、ハスの開いていない葉をモチーフにしています。つくづく精神世界と、縁の深いハスです。
グウ「藕」とは地下茎のこと。ハスは水中の泥の中に、横倒しの節がある地下茎を持っています。葉や花を地上に出現させるときは、地下茎は細く伸びます。各節からは根や葉、花を出します。この節から花を咲かせるとき、葉も一緒になって出ます。藕の節から、花と葉は一対で水中から出てきます。それが、偶数だから「藕」だというのです。これ、なんだかこじつけみたいな気もします。
ハスの茎や藕を折ると、その切り口から、細かい繊維が出現します。ハスの茎から出る繊維を、よって糸にしたものを藕糸(ぐうし)といいます。その感触は、柔らかく、弾力性を感じます。この藕糸で織った布は、世界で最も高価な織物の一つ。繊維2gを得るにはハスの茎が40kgと、気の遠くなるような繊細な作業が必要です。ハスは、紀元前から繊維を取る、有用植物として使われてきた歴史があります。
藕糸の正体は何かというと、それは、ハスの茎の維管束にある道管です。上の写真は、サンパチェンスの道管の顕微鏡写真です。らせん状につながって管状になっています。ハスの道管も同じようになっているのでしょう。茎や藕から出る繊維を引っ張ると長く伸びるのは、このような組織だからです。
レン「蓮」とは、雌しべの集合体である花托のこと。「蓮」という漢字をハスと発音するのは、この花托を蜂巣(ハチス)に見立てた故です。花托の周りにはたくさんの短い雄しべがあるのですが、花托の先にある雌しべの柱頭には届きません。雄しべが低く、雌しべが高い位置にあります。これも自家受粉を避ける工夫です。
「的」とは、目当てのこと。ハスを栽培する目的を意味しているのだと思います。ハスの種がまだ緑色をしているときに、種を採取します。これを蓮子(れんし)といいます。簡単に皮がむけ、サクサクとしてナッツみたいな食感です。シロップ漬けにしてスイーツなどに入れたりしてもおいしく、東南アジアでは子どもたちのよいおやつ。でも、ちょっとした食べ方のコツがあります。それは後ほどお話しします。
未乾燥のハスの種をゆでて、ご飯に混ぜたりしていただきます。ハスの花びらにのせて、おしゃれに飾り付けました。ほろ苦い中にも味わい深い蓮華飯(れんげはん)です。中国料理で使う飲食器具の「れんげ」は、このハスの花びらを模したものです。
蓮子は、乾燥して保存食にもなります。使うときはこれを粉にしたり、そのまま水やお湯などで戻して利用します。甘みの少ないクリみたいな感じです。
ハスあんの月餅(げっぺい)。これ、とってもおいしいのです。上品な栗あんと甲乙がつけられません。このおいしさも、ハスの恵みの一つなのです。
蓮子を食べるときに注意することは、種の中に隠れている緑色の部分、ハスの胚です。これ、とても苦いのです。苦いのが弱い方は、取り除いてから食べましょう。でも、この苦い胚だけを取り出し、お茶にすることもあります。それを苦蓮茶(くれんちゃ)というのです。その茶を、片思いの人に飲ませて、このように言うのだそうです。「ほらっ! 苦いでしょ、少しは私の苦しい胸のうちを分かってほしいの」、、、、、 苦蓮茶のことを苦恋茶(くれんちゃ)ともいうのです。
漢字でハスは、「蓮」と書きます。その音はlián(リィェン)です。恋も lián(リィェン)と発音します。音通を吉祥に結び付けるお国柄故に、蓮は、恋に通じます。中国の故事には、 蓮狩り=デート、もしくは、恋人選びなどの寓意(ぐうい)があります。ハスは、つながり(連)と同じ音でもあり、連れ添うこと、深い縁で連なることでもあります。そして、子孫が連綿として繁栄することもです。ハスは、新婚夫婦の調度品にも描かれる縁起物なのです。
次回は「聖なる香りハス属[後編]」です。お楽しみに。