タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

聖なる香りハス属[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

聖なる香りハス属[後編]

2021/09/07

8月の横浜。日の出は、4~5時くらい。外が明るくなったら、急いでハスの花を見に行きましょう。ハスたちは早起きですから、お昼ごろにハス池などに到着してもきれいな笑顔を見せてはくれません。花を見るなら「朝飯前」です。前編では、ハスという植物の概要を、中編ではハスの文化的側面を、後編では生物としてのハスに迫ります。

ハスの花は、一つの花が4日間咲きます。1日ごとに、ドラマチックに変化する様子を見てみましょう。開花初日、日の出とともに、硬い蕾が緩み始めます。葯(やく)はまだ未成熟ですが、柱頭は花粉を受け入れる準備ができています。それを雌性先熟といいます。1日目の開花は、ここまでしか開きません。そして、日が高くなると閉じてしまいます。

2日目の花は、夜中から緩んできます。その早朝がハスの花が最も輝くとき。一面に聖なる香りを放ち、八分咲きとなります。でも、お昼には再び閉じてしまいます。近寄ってみると、葯からは花粉はまだ出ていません。柱頭はまだ湿っていました。ハスの花が花粉を受け入れるのは、1日目と2日目だけです。

3日目の朝が来ました。前日に閉じた花が開き始めるのはやはり夜中です。そして、朝9時ごろには満開で最大直径となります。葯からは、たくさんの花粉が出ている様子。花托の頂の色が、1日目、2日目と違い緑色に変わります。それは、受精が行われたことを示しています。柱頭は干からび、もう花が閉じることはありません。

4日目の朝が来ました。花粉はまだ生きているので、虫たちが集まっています。開花の目的を果たした花は、正午を待たずに花びらを散らし、午後には花托だけになりました。

花ハスには、紅蓮(ぐれん)、桃蓮(とうれん)、白蓮(はくれん)、黄蓮(おうれん)、妻紅蓮(つまぐれん)などがあります。絞り咲きなどもあり、咲き方も、抱え咲き、開張咲きなど、花姿も多様です。キバナハスNelumbo luteaとの交配も行われていて、さまざまな色彩を持つ花色が育成されています。

ハスの花弁数は、はっきりと分かっていません。便宜的に25枚以下を一重といい、50枚までを半八重、それ以上を八重といっています。八重は、人間が選抜してきた結果であり、花弁数の少ない品種ほど起源が古いものだとされています。

こちらは、縄文時代の3000~1400年前の地層から出現したとされる種から花が咲いた埼玉県行田市の古代ハスです。ハスの一重咲きという区分です。花弁数は14枚でした。

私は、昭和の世代。映画『男はつらいよ』のフーテンの寅さんの、姿とその主題歌は、不思議と耳と体に染み込んでいます。

「ドブに落ちても根のある奴は♪ いつかは蓮の花と咲く♪」

何かにつまずいたり、くじけたりしたときは、いつも心の中で歌っていた気がします。ところで、ハスは、空気のない泥の中でどのように生きているのでしょうか? 荷(ハスの葉)の中央部分を荷鼻(かび)ということは前編でお話ししました。

荷鼻は葉の中心にあって、ハスの葉の維管束が周囲に分配される基盤です。周囲と違う色をしている部分を、カミソリで削ってみると、いくつもの大きな縦穴が見られました。それは、ハスの通気孔です。灰色の表皮は、ちりで通気孔がふさがらないように、空気をろ過するフィルターの役割を担っているのでしょう。

その孔は、ハスの茎を通じて根茎までつながっています。レンコンに開いた穴は、空気のない泥の中で、新陳代謝に必要な空気を、根茎の細胞に供給する通気孔だったのです。ハスは、この通気システムで無酸素状態の泥の中で生きています。この穴にひき肉を詰めたり、からしを詰めたりして食べるとき、そんなことも少し考えてみてください。

ハスの花の匂いは、宗教心のない私にも聖なる香りに感じられます。汚泥にありながらも、泥に染まらない、ハスの清廉さは見習いたいけれど、煩悩の権化みたいな身には無理な話。

善行を積んだ者は、死後極楽浄土において、同じハスの花の上に、身を託し生まれ変わる(一蓮托生)という世界観があります。宗教世界のこととはいえ、つらい現実に立ち向かって生きる勇気の縁を、ハスに求める心情は、東アジアに住まうものとして理解できるものです。3週間にわたって、類まれなハスという植物を紹介してきました。このシリーズがハスという植物の知見の一つになれば幸いです。

次回は、涼しげな水の玉をためるミズタマソウ属のお話です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.