タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

魔女の草 ミズタマソウ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

魔女の草 ミズタマソウ属

2021/09/14

そろそろ、秋分の日も近づいてきました。まだ暑さが残りますが、秋の野山に咲く植物の話を始めてもよい頃合いです。

ミズタマソウという植物をご存じでしょうか? 全国の湿った林の縁などに生え、水玉のような小さな花を付ける多年草です。

ミズタマソウCircaea mollis(キルカエア モリス)アカバナ科ミズタマソウ属。雨が降った後に、生息を確認している林に行くとミズタマソウは、その丸く膨らんだ子房に水をためて本物の水玉になっていました。種形容語のmollisとは、軟らかい毛のある、軟毛を密生するという意味です。

ミズタマソウの属名Circaea(キルカエア)の由来です。それは古代のエーゲ文明が栄えたころの物語。ホメロスの叙事詩オデュッセイアに出てくる魔女Circe(キルケ)に由来します。主人公のオデュッセウスは小さな島国の王です。木馬の奇襲攻撃で知られるトロイア戦争に参戦後、舟に乗って帰国を果たそうとしたのですが、海神ポセイドンの怒りによってエーゲ海をさまよったのです。

魔女キルケの島にたどり着いたオデュッセウスは、彼女に舟の乗組員を魔法で豚にされたのでした。その後も、夢のような冒険ファンタジーは続くのですが、この幻想的物語オデュッセイアには一部史実がありました。それは、19世紀ドイツの考古学者Johann Ludwig Heinrich Julius Schliemann(ハインリッヒ・シュリーマン)のトロイア遺跡の発掘につながったのです。

魔女キルケは、薬草学の知識を持ち、魔法の薬で人間を動物に変え自分に従わせました。ミズタマソウ属の植物は、北半球に広く生息しています。ミズタマソウの仲間を英語でenchanter’s nightshade(魔法使いたちの毒草)というのです。私の調べた範囲では、ミズタマソウ属にそのような薬効があるかは分かりませんでした。

ミズタマソウ属はアカバナ科に属し、東アジアが分布の中心。日本に5種ほど、原生があります。ミズタマソウは、東アジア各地の自然豊かな森に生息していますが、小さな草ですから花が咲いていないと、その存在に気が付きません。

この植物の花期は8~9月。地下茎を持ち背丈は50cmほど、土が湿っているのが好きみたいで、林や山地の日陰地、沼のほとりに生えていることが多いと思います。そんな環境に生息するミズタマソウを、遠くから眺めてもよく分からないと思います。

顔をミズタマソウにもっと近づけてみましょう。節が赤く、葉は対生で先が尖り、基部はくさび形。葉身は楕円(だえん)形で周りに浅い鋸歯を持ちます。花を咲かせるときは花序を頂部もしくは葉腋から出します。花が集合している場合、その形状を花序といいます。ミズタマソウは、花軸から花柄が伸び、花が付く形状です。それを総状花序といいます。

ミズタマソウの花は、おかしな形をしているのです。がくが2枚、花弁が2枚で2つに裂けています。雄しべが2本、雌しべは1本ですが、この植物は、明確な二数性を示します。ミズタマソウの各パーツの大きさはミリ単位であり、子房を入れてやっと1cmちょっとの小さな花なので、観察には拡大鏡が必要です。

丸い子房には、白い毛が密生していて、水玉のようにも見えます。ミズタマソウ属は、花被が脱落すると子房が膨らみ、成熟すると白い毛は、かぎ爪を持ったとげのようになります。それは、ひっつき虫のように、獣の毛や羽毛、あるいは衣服に付き、種(タネ)が遠くに運ばれるわけです。8~9月に山地や林に行く機会があれば、このおかしな植物を探してみてください。

タニタデCircaea erubescens(キルケア エルベスケンス)アカバナ科ミズタマソウ属。種形容語のerubescensは、赤色を呈するという意味で、蕾や対生する葉の基部が赤くなることによります。ミズタマソウと同じように東アジアの各地に生息しますが、もう少し山地型で湿度の高い谷筋で見ることがあります。

タニタデを見たとき、私はある園芸植物に似ていると思いました。赤いがく、赤い蕾、対生する葉と全体の花容は、園芸植物のアレです。答えはこの記事の最後に出てきます。それは、何でしょうか?

タニタデは、名前はタデ(蓼)ですが、タデ科の植物ではありません。和名には、こうした矛盾した名前が実に多いのがいけません。Circaea erubescensと二名法の学名であれば、そのようなことを生じません。二名法を体系づけた植物学者のCarl von Linné (カール・フォン・リンネ)先生に金メダルを上げたいと思います。タニタデ、背丈は50cmほどになり、スリムで美人の草姿。葉は対生し、花被が二数性を示しています。丸く膨らんだ子房に細かい毛が密生している様子は、ミズタマソウ属の証しです。

私がタニタデを見たときに似ていると直感したのは、アカバナ科のフクシア属(Fuchsia)です。発音が難しい植物名で英語ではフューシャと聞こえます。フクシアは、南米の高地が原生の低木。かわいらしい蕾や花が人気です。しかし、夏に咲くのに暑さに弱く、冬の寒さにも耐性がないのであまり見かけなくなりました。

さて、この属の遺伝子解析が行われた結果、フクシア属は、ミズタマソウ属に最も近縁であって、ミズタマソウ属から分岐したことを示しているそうです。長年にわたり植物観察を続けていると、感が働くものです。人の演繹(えんえき)的な直感も捨てたものではないということかな!

次回は、「都市河川とミズキンバイ[前編]」です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.