小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
都市河川とミズキンバイ[前編]
2021/09/21
多くの人々が住まう都市部に、日本においてなかなか出合うことができない絶滅危惧種の植物が生息しています。それは、ミズキンバイという水生植物の一種です。かつては、日本において分布域の広い植物だったのですが、生息していた河川の護岸工事、水田の除草剤散布の普及などで生息環境が失われ、各地で姿を消しました。今では、国内において4県でしか生息が確認できない希少な植物となりました。
起点の日本橋から数えて、5つ目の宿場町であった戸塚宿。今では、東海道線で東京から最短36分で行くことができます。横浜市戸塚区にあるJR戸塚駅の大船寄りホームは、柏尾(かしお)川という川をまたいで設置されています。
ホームの真下、柏尾川の岸辺に目を凝らしてみてください。マット状になった小さな群落が岸辺に見えるはずです。それが、都市部でミズキンバイが原生している様子です。
柏尾川は、横浜市戸塚区から藤沢市で他の河川に合流するまでの都市河川です。しばらくJR東海道線に平行して流れ、境川に合わさって江の島付近で相模湾に注ぎます。
現代のような治水工事が行われていなかった時代、川は自由に流れを変えたり、時には氾濫することもあったのだと思います。そんな時代から、ここには、ミズキンバイたちが生息し、繁茂していたのだと思います。
護岸をコンクリートで覆うことや、川底をしゅんせつするなど、大規模な治水工事が行われたとき、このミズキンバイを保護する取り組みが行われたと聞きます。柏尾川のミズキンバイは、そうした人たちの配慮があって、この都市河川で生き残ったのでしょう。
ミズキンバイLudwigia stipulacea (ルートヴィヒア スティプラセア)アカバナ科チョウジタデ属。属名のLudwigiaは、18世紀ドイツ人植物学者Christian Gttolieb Ludwig(クリスティアン・ゴットリーブ・ルートヴィッヒ)に献名されています。彼は、分類学の父といわれるリンネと同じ時代の植物学者でした。リンネは、アカバナ科のこの属名にルートヴィヒの名を付けたのでした。
ミズキンバイの種形容語のstipulaceaとは、托葉がある、托葉状のという意味ですが、托葉は見つかりませんでした。その代わりに葉柄の基部などに、濃い緑色をした腺体が対をなして付いています。
腺体とは、植物の分泌器官です。このような腺体から蜜を出し、アリを呼び寄せて、害虫から守るガードマンにすることがあると聞きます。この器官は、そのような使われ方をするのかもしれません。
ミズキンバイの花の大きさは2.5cmほど。花弁とがくは基本的に5枚の黄金色、葉脈状の筋を持ち花弁の先端が少しへこみます。花弁の基部も細くなるので花弁はハート形です。雄しべ10本、花柱1本、先端が5つに浅く分かれています。チョウジタデ属には、似ている同属の外国種が多く、見分けるには花の大きさ、花弁数、形状などを覚えておくことが重要です。
ミズキンバイは、水中もしくは、泥の中に長く根茎を伸ばし、茎を上に40~50cmほど伸ばします。葉は互生し鋸歯はなく、茎葉に毛は生えていません。この無毛であるということも、他の同属との差異です。この写真で、立ち上がる長楕円形(だえん)をした葉の形状を覚えていてください。
ミズキンバイは、水中にも茎を伸ばし繁茂します。水中茎から出た葉は、浮遊葉となって水面に浮きます。この葉の形状は、地上に展開する葉とは違います。倒卵形で幅広な葉は水に浮く工夫によるものです。おまけに葉には撥水(はっすい)機能があるようです。
このミズキンバイには、他の植物にはあまり見られない妙な器官があります。それは、茎から出る白く、柔らかで不気味な呼吸根です。この根によって酸素の少ない水中において空気を取り入れるのです。
もう少しミズキンバイの話は続きます。
次回は「都市河川とミズキンバイ[後編]」です。よく似た外来植物についても触れていきます。お楽しみに。