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コウヤボウキ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

コウヤボウキ

2021/10/05

今から1200年以上も昔の話。弘法大師空海は、和歌山県北部にある山岳地帯に、真言密教の道場として高野山を開きました。今回の『東アジア植物記』は、その高野山にちなむコウヤボウキという植物についてです。

高野山には戦国武将の墓が多くあります。そこには織田信長や明智光秀など、血まみれの戦いをした敵同士の墓所も間近にあるのです。戦国の時代に、仏教寺院も僧兵を持っていました。比叡山延暦寺を焼き討ちした信長の例にあるように、高野山は戦国の武将にも対峙しました。しかし、好んで武将らは、その高野山に安住の地を求めました。ここには大乗の教え、現世を、あの世や来世に引きずらない、度量と寛容があるように思います。

高野山は、あまたの縁が集まる霊山でもあります。その墓碑数は、数えることができないでしょう。有名、無名、人獣を問わず、すべての魂の冥福が祈られている場所です。

この高野山では、供花(きょうか)として、コウヤマキが使われます。このコウヤマキSciadopitys verticillataコウヤマキ科コウヤマキ属という植物は、一科一属一種、日本に固有の希少針葉樹なのですが、高野山には多く原生していました。この高野山では、貨幣であがなう供花ではなく、身近に生える、この植物の枝葉をお供えに使っています。

私が植物学のバイブルだと思っている『牧野新日本植物図鑑』では、高野山にちなむ名が付く植物は全部で5~6種類。その中で、比較的大きな花を付けるのは、コウヤボウキとナガバノコウヤボウキです。この2つの植物は、樹木なのか、草なのかよく分からない植物なのです。

コウヤボウキPertya scandens(ペルティア スキャンデンス)キク科コウヤボウキ属。種形容語のscandensは、よじ登るという意味ですが、この植物は、つる性でもよじ登る性質でもありません。学名を付けたのは Thunberg (ツルベルク)です。それは、彼の誤った認識でした。一度付けた名前は変更できません。

コウヤボウキは、関東以西の本州、四国、九州他、東アジアでは、中国大陸中南部に分布し、明るい雑木林や、乾いた低山の林縁などに生え、暗い場所には生育しません。

コウヤボウキは、株元から十数センチメートルほどの細い枝を四方に伸ばします。枝は木質ですが、成長に応じて太くならず細いままです。この植物を落葉の低木と規定する記述が多いのですが、枝は永続することなく2年で枯れて更新すること、枝や幹が肥大成長しないなど樹木としての定義に属しません。それは、草本と木本の中間に位置する植物のようです。

さらに面白いことに、株元から伸びる1年枝と、葉が落ちた後に芽吹く2年枝において、葉の位置と形状が著しく違うのです。上の写真のように1年枝はまばらに葉を互生させるのですが、2年枝は3枚から4枚程度の葉を節ごとに束生させるのです。そして、この2年枝は秋に枯れてしまいます。コウヤボウキの花は、もっぱら1年枝の先端に一つ付けます。2年枝に咲くことはありません。このことは、コウヤボウキと他の近縁種を区別する大きな違いなので覚えておいてください。

この植物はキク科です。その特徴は、花の集合花である頭花を付けることです。コウヤボウキは、十数個の小花が集まり頭花となります。その下にある鱗(りん)状の筒のような器官を総苞といいました。これは、何度か『東アジア植物記』の中で触れた植物用語なのでご存じかもしれません。花期は9~10月で株によって開花の早晩が見られました。

花の大きさは、縦も横も、およそ1.5~2cmほど。小花は、花弁が5つに裂けその先がリボンのようにカールしています。雄しべは筒状に合わさっていて、雌しべはその筒の中にあります。これが成熟すると雄しべの花粉を内側から押し出すように伸びて自家受粉をするようです。

コウヤボウキの種(タネ)は、冬枯れの林の中で綿毛を持ちます。その綿毛を付けた種は、北風に任せて、風の向くまま新しい世界に飛び立って行くのでした。

コウヤボウキの近縁種にナガバノコウヤボウキという種があります。

ナガバノコウヤボウキPertya glabrescens(ペルティア グラブレスセンス)キク科コウヤボウキ属。種形容語のglabrescensは、毛が少ない、やや無毛であるという意味です。コウヤボウキの茎葉には細かい毛がありますが、この種にはそれが少ないからです。

毛の生え方が、コウヤボウキとナガバノコウヤボウキの区別点ではありません。その決定的な違いは、花が1年枝に付くか、2年枝に付くかの違いです。このナガバノコウヤボウキは、葉が束生する2年枝に付くのです。

さて、コウヤボウキの和名は高野山において、その植物の細い枝で、ほうきを作ったことによります。しかし、私はどうしても座敷ぼうきのイメージが強く、コウヤボウキで作るほうきの形を考えることができませんでした。上の写真は、西安(旧長安)の街角で見かけた中国のほうきです。縦にはかず、横になぎ払うように使っていました。恐らく、空海も長安において、このようなほうきを見て参考にしたのかもしれません。

次回は「ヒメハギ属[前編] ヒナノキンチャク」です。お楽しみに。

JADMA

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