小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ヒメハギ属[後編] ヒメハギとイトヒメハギ
2021/10/19
ヒメハギ属は、意外とコスモポリタンで、世界に500種程度が生息しているとされています。しかし、日本では彼らは暮らしにくいのだと思います。少数派としてヒナノキンチャクやヒメハギなど、5種類がひっそりと暮らしています。
ヒメハギ科のヒナノキンチャクの花は、左右対称でチョウチョのような花です。それは、マメ科の特徴である蝶形花の構造に似ています。そして、竜骨弁という、これもマメ科以外ではなかなか見ることのできない花弁を持っています。ヒメハギ科は、上位分類でマメ目とされています。それは、同じ先祖から進化をした植物群と見なされているからです。
さて、早春の三浦半島です。まだ青々と春の草が茂っていません。ここは私にとって、自宅から近い、野生植物を観察できる場所の一つ。日当たりのよい海岸沿いの散策路にヒメハギを見つけました。
ヒメハギもまた小さな植物です。常緑の多年草ですが、花が咲いていない時期にヒメハギを見つけることはできそうもありません。とにかく日当たりがよく、乾燥した場所をすみかとするので、崖の崩落地や人の通り道など、他の草が茂らないところをすみかとします。ヒメハギを森や林の中など薄暗い場所で見ることはありません。
ヒメハギPolygala japonica(ポリガラ ジャポニカ)ヒメハギ科ヒメハギ属。種形容語のjaponicaは、日本産という意味ですが、この植物の生息範囲は広く、東アジア全域~東南アジアに及びます。
ヒメハギの花は、全幅1.5cm。ヒナノキンチャクと同じ、花弁3枚、がく片5枚で構成されています。左右に大きく開く、側がく片2枚が特徴的です。花弁は赤く色づき立ち上がる2枚と、一つの竜骨弁です。この先に妙な白いモジャモジャがあります。これは、ヒメハギ属の特徴の一つである付属体です。ヒナノキンチャクにはありませんでした。
ここで、大陸のヒメハギ属を一つ紹介します。
日本の年間降水量の平均は1800ミリ程度、世界平均は、その半分です。日本は、豊富な降水量がさまざまな樹木を育む森の国です。そのために、草原とか荒野の風景にはなじみがありません。一方で大陸では、雨が少ない場所が多く、広大な草原や荒野が見られます。日当たりのよい環境を好むヒメハギ属は、そのような環境を好むのだと思います。
乾燥して樹木が育たない、内モンゴルの丘陵に上ったことがあります。年間降水量は300ミリ以下、日本平均の6分の1ほどしかありません。そこで、見たことのない草花に混じって、小さな青い花を付けるヒメハギ属を見つけました。
イトヒメハギPolygala tenuifolia(ポリガラ テヌイホリア)ヒメハギ科ヒメハギ属。種形容語のtenuifoliaは、tenui(細い、繊細な)+folius(葉)の合成語で、細い葉の形状を意味しています。この植物は、中国東部、西部、モンゴル、ロシアなどの乾燥した草原や山肌が露出した斜面などに生育し日本に自生はありません。
イトヒメハギの花期は5~7月です。太い根から多くの茎を出し、学名が意味する通りの細い葉を互生させ、その先端に特徴的な青い花をまばらに付けるのです。日本ではイトヒメハギと呼ばれ中国では遠志(オンジ) yuǎnzhìといいます。根にPolygalacturonic acidという薬理効果を持つ物質を含み、1000年以上も前から東アジアでは、不老の妙薬として中医薬(漢方)に使われてきました。
内モンゴル自治区から南に下がった、山東省済南市の片田舎。緯度は横浜と変わりません。年間の降水量が600ミリ程度。山は乾き、植物相は貧弱です。ここにもイトヒメハギは生えていました。ヒメハギ属は、日当たりのよい乾燥した山の斜面などに見られるのです。
花を拡大してみます。イトヒメハギの花は1cmくらい、ヒメハギの写真と比べてみました。花の構造はよく似ています。中でも付属体と呼ばれるモジャモジャが面白いものです。それは、訪花昆虫に対するアピールに違いありませんが、だったら花自身をもっと大きくしてほしかったです。せめて、2倍、できれば3倍の大きな花を付けてくれれば、人気の園芸植物になったに違いありません。
次回は「ヤマハッカ属[前編] ヒキオコシ」です。お楽しみに。