タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

モミジハグマ属[前編] エンシュウハグマ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

モミジハグマ属[前編] エンシュウハグマ

2021/11/09

「遠州は森の生まれ」とたんかを切る、森の石松。あの時代劇のヒーローは、今どこに行ったのでしょう。昭和、平成、令和と時代が変わり、森の石松は現代っ子たちにとっては知らない人かもしれません。遠州とは、古い日本の行政区分での遠江国(とおとうみのくに)のこと。国はなくなっても遠州という地名は残っていて、現在の静岡県西部地域にあたります。この地域には、その地方特有の植物があります。

この植物は、遠州界隈以外では、お目にかかることの難しい植物、エンシュウハグマといいます。なんとも繊細で、幾何学的容姿。そして、この彩色。おまけに日本に固有の希少種とくれば、こよなく植物を愛するわれわれには大好物に違いありません。

エンシュウハグマのハグマとは、以前にも説明したことがあると思いますが、チベット、ヒマラヤ地域の標高の高い場所に生息する偶蹄類で、ウシ科ウシ属のヤクの白い尻尾の毛のことです。その毛は、お坊さんの威厳を示すために用いる法具の払子(ほっす)や、戦国武将が、かぶとや帽子に付け権勢を誇るためにも使われてきました。

植物にも、ハグマと名が付くものがあります。その花はヤクの白い尻尾の毛にちなんで名付けられたのです。それらは、キク科のモミジハグマ属とコウヤボウキ属にあります。木本にも、ウルシ科ハグマノキ属がありました。本題に入る前に、モミジハグマ属とコウヤボウキ属の花(ハグマ)の違いについて考証します。

カシワバハグマPertya robusuta(ペルティア ロブスタ)キク科コウヤボウキ属。この植物は2021年10月5日にリリースしたコウヤボウキと同じ属の植物です。種形容語のrobusutaとは、頑丈で強いということを表すほかに、カシという意味があります。

カシワバハグマの特徴は、長さ20cm、幅10cmほどの大きな葉です。それは、カシワの葉というよりはコナラの葉に近く、鋭い鋸歯を持っています。この植物は、意外と大型で分枝しない60cmほどの茎を直立させ、秋に花を咲かせます。日本の固有種であり、南東北を北限に本州、四国、九州の太平洋側の低地林に生息しています。

カシワバハグマは、2.5cmほどになる大きな花を付けますが、どこか無骨な感じがします。コウヤボウキ属の多くは、たくさんの小花が一つの花に詰め込まれている設計をしていて、ボリュームがある半面、混沌(こんとん)としたゴチャゴチャ感があるのです。

モミジハグマ属であるエンシュウハグマは、同じように花の集まりである頭花を付けるのですが、一つの頭花に、5裂した小花がちょうど3つ収まるように設計されています。それが、回転するような放射相称を作り出します。例外があると思いますが、コウヤボウキ属は、小花がたくさん(10個程度)集まり、頭花を作ります。モミジハグマ属は、小花が3個を集まった頭花を作ると、覚えると分かりやすいと思います。

エンシュウハグマAinsliaea dissecta(エインズリアエア ディスセクタ)キク科モミジハグマ属は、湿った山林内および林縁に生える宿根草です。根茎から葉を広げ高さは10~30cmの花茎を伸ばし穂状に花を付けます。花の大きさは1.5~2cmでした。

もう一枚、エンシュウハグマが斜面に原生する写真を掲載しておきます。この植物のサイズ感が分かると思います。登山道脇の斜面に生えていましたが、周りはササが密生していました。そのササを切り、除いたことによって生息している様子です。明る過ぎても、乾いていてもいけないし、ササなどで地面が暗くなると生息できない様子でした。意外と気難しい性質なのかもしれません。

エンシュウハグマの種形容語のdissectaは、dissectusの深裂した、全裂した、多裂したという意味で、エンシュウハグマの葉の形状に由来します。それは、掌状に5裂した葉です。この葉を覚えれば、花がなくてもエンシュウハグマであることが分かります。

ハグマとは、ヤクの白い尻尾の毛のことですから、ハグマと名が付く植物のほとんどが白い花を付けます。しかし、エンシュウハグマは花弁の内側が白、外側が桃色になっていて、全体としてピンク色に染まります。頭花をよく見ると、右巻き、向かって左巻きにくるくるとカールしている様子です。この、モミジハグマ属には、右巻きと左巻きがあります。後編の写真に注目してください。

緊急事態宣言も開け、遠出をして野山に好きな植物を見に行けるようになりました。日本におけるコロナウイルス感染症の収束が見えたわけではないのでしょうが、私たちにはうれしい知らせです。始まったものは、いつか終わります。早く世界の扉が再び開く日が来ることを祈るばかりです。

次回は、他のモミジハグマ属を紹介します。

次回は「モミジハグマ属[後編] ハグマいろいろ」です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.