小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
タコノアシ属
2021/11/22
それぞれの気候や環境下には、それを最適化した植物が生き残ります。それらの植物は人間にとって、その気候や環境を判断するバロメーターとなるものです。今回は、河川の下流域やそれに伴う湿地などの自然環境を測る指標植物、タコノアシという植物についてのお話です。
タコノアシPenthorum chinense(ペントルム シネンセ)タコノアシ科タコノアシ属。属名のPenthorumは、 penta(ラテン語で5)という数詞の合成語ですから、5という数字に由来があります。種形容語のchinenseは、中国産という意味ですが、この植物の生息範囲は、日本(北海道を除く)を含め、東アジア~東南アジア一帯の地域です。
タコノアシは、河川の下流域やそれに伴う湿地などに生育します。自然の河川は、大雨で増水すれば、氾濫を繰り返してデルタ地帯などを形成することがあります。しかし、都市化が進み、減災や護岸工事が行われて現在では、自然の岸辺や湿地は失われた所が多く、そこに生息していた生き物はすみかを失いつつあります。洪水などでできた、自然の裸地などをすみかとしてきたタコノアシも同じ運命でした。
それでもわずかに残る、自然の河川の下流域の湿地などで、タコノアシを見ることがあります。タコノアシが、河川環境の指標植物といわれるのは、タコノアシが生える環境を守り続けることが、他の生物の保全につながると考えられているからです。
タコノアシは、地中の根茎からランナーを出し、離れた場所からも芽を出し広がって増えていく、丈夫な宿根草ですが、他の強勢(きょうじん)な植物との競争に負けていずれ姿を消してしまいます。タコノアシが生えるには、洪水や氾濫などの自然な環境攪乱(かくらん)が引き起こされ、湿地の地面がむき出しの状態になることが必要だとされています。現在では、そうした生育環境が失われつつあることで、環境省のレッドリストの準絶滅危惧種に指定されています。
この植物は、地下茎から地上部に直立した茎を伸ばし、丈は50~70㎝ほどの大きさに成長します。葉は、基部がやや膨らみ先がとがる披針形という形状をしていて、多くの葉がらせん状に配置されています。この地味で控えめな容姿から、春から夏の間は、これがタコノアシだと気付くことは難しいかもしれません。
秋、10月になると、タコノアシは、主張を強めて開花を始めます。枝の先端からモゾモゾと花序が放射状に伸び始めるのです。花は、数本に分かれた「タコ」の足のような花序に、「タコ」の吸盤のように配置されていきます。
タコノアシの花被を拡大してみます。花弁は退化しています。がくが5枚、雌しべ5本、雄しべ10本の5数性をタコノアシは示していました。子房も、5つに分かれている様子です。
タコノアシが、最も「タコ」らしいのは、秋が深まる10月下旬~11月です。この時期に葉も実さえも見事に紅葉します。それは、ゆで上がると真っ赤な「ゆでだこ」となるのによく似ています。この植物名のネーミングの妙というか、タコノアシの見事なパフォーマンスが、この植物のおかしなところです。
タコノアシの花序から、一つの吸盤を外してみました。それは、直径1cmにも満たないタコノアシの果実です。5つの部屋に分かれた果実のうちから、一つのふたが外れると、中からほこりのように小さな種(タネ)がたくさん出てきました。種は、直径1mmに満たない微細な種子。このことから見積もると、タコノアシの1株当たりの種の種子生産量は、万のオーダーになるでしょう。この大量の種は、すぐに発芽しなくても、土中に長い間残り埋蔵種子として土中で眠り続けます。
タコノアシ科Penthoraceae は、世界に1属2種といわれる小さな植物一家とされています。他に同じような植物がないのです。このユニークな植物は、東アジアと北アメリカ東岸という、大陸の東岸気候の河川域や湿地などにあり、北米のタコノアシは、赤ではなくピンクに色づきます。新旧の大陸で、この植物がきれいな「ゆでだこ」になる環境こそ、私たち人間も含め、あまたな生き物の保全にとって望ましい環境といえるのかもしれません。タコノアシを見かけたら、そんなことも考えてみましょう。
次回は「毒の木[前編] ウルシ属」です。お楽しみに。