小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ヤツデのススメ[後編]
2021/12/28
私たちは、きれいな花や、みずみずしい緑の葉を持った植物たちに囲まれていることが好きです。緑の全くない環境にいると不安になり、気分は沈みます。豊かな緑、花たちが幸せに暮らす環境には、水があり、食料が手に入り、命を害する鉱毒や戦争などがありません。花や緑を見ていると、体や心が穏やかになるのは、その場所が私たちの命にとって、安心で安全な場所だと思えるからです。それが、人が花や緑を好む理由として考えられている。「生存本能説」という考え方です。
私たちの住まいの中にも、緑があると落ち着きますよね。それが本能ですから。実際にコロナ渦において、観葉植物を買い求める方が増えました。室内で花を育てたいという人がいますが、室内の光条件で育てられる花は限られています。室内で簡単に育てる植物の多くは、観葉植物ということになります。
これらの観葉植物のほとんどは、熱帯や亜熱帯域が故郷の植物です。沖縄など以外では、冬は温室で栽培されています。家庭でも冬は暖かい部屋に入れないと枯れてしまうことも多いのです。燃油の高騰の折、暖房が必要ないことがどんなに利点か、誰にでも理解できるものです。
私はヤツデを、もっとたくさん使う観葉植物、もっと普及させたい室内植物としておすすめします。それは、ヤツデのよいところがあまりに多いからです。
尾籠(びろう)な話で恐縮ですが、昭和生まれの人ならくみ取り式トイレのことを覚えているはずです。あの強烈な昭和の思い出は、忘れることはできないもの。その時代、トイレの外側にヤツデが植えてありました。家の北側でも育つヤツデは、厠(かわや)の姿を隠す植物として利用したり、ヤツデの葉をウジ殺しに利用するためそばに植えてありました。ある意味、くみ取り式トイレとヤツデはセットになっていた気がします。でも、今の若者は、そのようなことは知りません。私たちも、そんなヤツデの思い出を忘れようではありませんか?
サカタのタネ ガーデンセンター横浜では、ウコギ科の観葉植物も人気があります。左側から、ポリシャス(タイワンモミジ)Polyscias、ツピダンサスSchefflera、シェフレラ(カポック)Schefflera です。これらと比較してもヤツデが劣っているように見えません。
何も手を加えず植栽されているヤツデの容姿です。このスタイリッシュな姿形を見てください。
① 無駄に横に広がりません。
② ヤツデに深刻な病害虫はありません。
③ 開花も楽しめます。
④ 葉面積が広く空気浄化機能が期待されます。
ちょっと考えるだけでヤツデを推奨する理由が思い浮かびます。
⑤ ヤツデは、耐寒性があります。ヤツデの故郷は、熱帯や亜熱帯でなく、温帯の日本です。冬の耐寒性は-5℃くらいは楽勝でしょう。栽培に対し、温室が必要ありませんので経済的作物(cool crops)です。防寒の必要がなく、暖かい部屋以外にも置くことができます。
⑥ 耐暑性があり、暑くても大丈夫です。海辺の海岸縁で育ったヤツデは、暑くても不平をいいません。35℃以上が続く猛暑の夏でもヤツデは平気で乗り越えています。
⑦ 耐塩性もあり、ピカピカのタフな葉です。ヤツデが生えているのは、海のそばでした。葉は厚いクチクラ革膜で覆われて皮質。丈夫でプラスチックのようです。たとえ、塩水がかかってもしおれたりしない、耐塩性植物です。
⑧ 環境適応性があり、植える場所、置き場所を選びません。ヤツデは、半日陰地が適していますが、夏の強烈な日差し、強光線にも耐えます。また、家の北側や日差しの弱い環境下においても生育しますので室内に置く観葉植物として高い能力を示します。
⑨ ヤツデには、古くから日本の園芸家が育成してきた伝統品種があります。写真は、黄色い斑があるキモンヤツデ(黄紋八手)、黄色の斑には、周りを明るくする効果があります。
⑩ きれいな白斑の入った品種もあります。こちらは、葉縁に白い斑の入るシロフヤツデ(白斑八手)といいます。とてもしゃれた雰囲気を持つヤツデです。もしかするとこれが、植物ウィルスのなせるワザなのかもしれませんが、それを承知で楽しむのが、趣味人というものです。
⑪ これは、また絶妙な葉芸をする、芸術的なヤツデです。ヤツデ国宝にでもしたいくらいに美しい葉を付けます。ヤツデは日本に原生し、古くからヤツデに魅了されてきた園芸人もいたことでしょう。 さまざまな品種が作出されては、散逸してしまったのだと思います。 日本中の品種をかき集めれば、素晴らしいコレクションが出来上がるはずです。
いかがでしょうか。ヤツデというヤツは、大したヤツでしょ。私たちはヤツデを見直し、もっと使ってあげるべきです。実は、ヤツデの能力を評価しているのは、海外の人たちです。世界では、暖房がいらない重要な観葉植物(cool crops)として注目され利用されています。世界中で、地球温暖化を議論している世相です。栽培や観賞において、化石燃料を使わないですむヤツデ。二酸化炭素の削減にも、お役に立てると思うのです。
ヤツデは、COOLなヤツデす。
2021年が終わろうとしています。今年の「東アジア植物記」は、この「ヤツデのススメ」でお開きでございます。私たちは、もっと身近な植物や人たちに価値を見いだす必要があると存じます。一年間、「東アジア植物記」をお読みいただきありがとうございました。
新型コロナ感染症の終息が見えるようで、見えない不安な毎日です。経済的にも苦しい毎日ですが、そんなときこそ希望を失わない心の強さが必要だと思います。2022年が、よい年になるよう願っております。来年もまた、お付き合いいただければ幸甚です。
次回は「世界球果図鑑[その22] トウヒ属1」です。お楽しみに。