小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その22] トウヒ属1
2022/01/04
2022年の幕開けです。また一つ年をとるのですが、年を重ねることによって世界の理解が深まるのも事実。何ごともポジティブに物を考えようと思います。
さて、この記事の読者なら、「世界球果図鑑」が未完のままになっていることにお気づきでしょう。できるだけ、季節感を大事にしたかったので四季折々に花を咲かせ、実をならせる植物を、その都度に取り上げてきたのです。
現在、北アフリカのアトラス山脈に原生するアトラスシーダCedrus atlantica(セドルス アトランチカ)マツ科ヒマラヤスギ属 2019年12月24日掲載で、それは中断していましたが、マツ科トウヒ属から「世界球果図鑑」の再開です。
代表的な球果植物であるマツ科は世界におよそ200種、半分がマツ属であり、次に多いのがモミ属約40種。その後に控えるのが、これから連載をするトウヒ属で35種といわれています。トウヒ属は、寒冷な地に生える植物です。その大きな特徴は下記になります。
① 円錐(すい)形の整った樹形
② 裾の広がったフレアスカートのような枝張り
③ 革質な球果を下向きに付けることです。
トウヒ属のさまざまな種の球果です。マツ属の球果は成熟するのに2年かかります。中にはイタリアカラカサマツPinus pinea(ピヌス ピネア)のように3年かかる種もあります。ところがトウヒ属は1年で球果が成熟します。マツ属の種鱗(しゅりん)は木質で堅牢な球果を作るのですが、トウヒ属の種鱗は薄く壊れやすいのです。
球果の種鱗(鱗片・りんぺん)は、葉が変化したものです。マツ科の葉はらせん状に付くため、マツ科の球果の種鱗もらせん状に配置されています。この配置の仕方は球果植物に共通ではありません。ヒノキ科の植物では、球果を構成する種鱗が対生するものもあります。
トウヒ属各種の種(タネ)です。この属は、風で種(タネ)が散布される片羽の有翼種子です。落下してくるときは、風の抵抗でヘリコプターのようにくるくる回ります。トウヒ属の種によって、種(タネ)の大きさの違いは大きいのですが、形状は皆一緒です。大きな樹種の種(タネ)で全幅2cm、種子の幅は5mm。小さな樹種で全幅5mm、種子の幅は2mmくらいです。
トウヒは漢字で唐檜と書き、この植物が木材としてヒノキの代用と考えられたことによります。学名はPicea(ピケア)。それは、樹脂を意味するpixや松やにのpitchからの発生と考えられます。英語ではトウヒ属をspruce(スプルース)といいます。語源はprussia(プロシャ)のフランス語prusse(プス)の訛りのようです。プロイセン風のジャケットは、格好がよく人気でした。今でも、英語でspruce upといえば、身なりを整えるという意味でもあります。トウヒ属が持つ、こぎれいで整った樹形、それがspruceです。
トウヒ属は、北半球の極圏から、中緯度地域においては亜高山地帯などの寒冷な環境に適応しています。DNAの塩基配列の研究から、トウヒ属の基底種は、いずれも北アメリカ産であることが分かっています。そしてトウヒ属は、氷期にあったベーリング陸橋を渡り、世界の北半球に拡散分布していったのでしょう。
各論に移る前にトウヒ属の意外な利用方法について言及しておきます。大航海時代に、多くの船員が命を落とした壊血病。それは、ビタミンCの欠乏症でした。その時代には、トウヒの若葉で醸造したビールがその病気の予防に使われたと資料にあります。確かにトウヒ属の若葉は、ビタミンCを多く含んでいそうな葉ではあります。日本で針葉樹の葉を食べることは聞いたことがありませんが、海外では針葉樹の若葉を食べたことがあります。私は、中国山東省の野菜料理店でユサン(油杉)の葉を食べました。北部ヨーロッパにおいてトウヒの若葉は山菜の一つだそうです。意外と知られていないトウヒの利用方法です。
さて、トウヒ属の各論ですが、エキゾチックな外国産トウヒから始めます。
No.57 コロラドトウヒPicea pungens(ピケア プンゲンス)マツ科トウヒ属。種形容語のpungensとは、硬く尖ったという意味を持ちます。このトウヒの葉は太い針のように剛直です。 樹形も円錐(すい)形で、整った姿が美しいトウヒです。
Blue spruce(ブルース プルース)といえば、このコロラドトウヒを意味しています。樹形だけでなく、青白い独特の葉色もこのトウヒの魅力です。特に、銀葉コロラドトウヒといわれる品種は、見る角度、光の反射などで光り輝くような姿を見せてくれます。
このコロラドトウヒは、樹高が10mほどありました。たくさんの球果をぶら下げて成熟した年ごろです。このトウヒは、アメリカ合衆国のコロラド州などロッキー山脈に生息していますが、その姿の美しさから園芸品種化され、世界のガーデナー憧れの樹木の一つです。この株は、園芸品種でホプシー(Hoopsii)といいます。
コロラドトウヒの球果は中型。長さ8cm、幅4cmが平均的な大きさだと思います。ノッペリとした球果を付けるトウヒが多い中にあって、この種の種鱗は大きく波打ち先端が2裂しているのが特徴的です、全体にトウヒ属の球果は軽く、この球果で重さが平均9gほどと軽量です。
次回もユニークな球果を付けるトウヒが登場します。
次回は「世界球果図鑑[その23] トウヒ属2」です。お楽しみに。