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世界球果図鑑[その23] トウヒ属2

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その23] トウヒ属2

2022/01/11

今回は、トウヒ属最大の球果を付けるトウヒ。そして、最も小さな球果を付けるトウヒを紹介していきます。まずは、小さな球果を付けるトウヒからです。

No.58 マリアナトウヒPicea mariana(ピケア マリアナ)マツ科トウヒ属。種形容語のmarianaは、イングランド王チャールズ1世の王妃、Henrietta Maria (ヘンリエッタ・マリア)を意味します。彼女の名前が、イングランド人が入植した現在のアメリカ合衆国メリーランド州の語源となっているのです。学名の意味するところは、メリーランドのトウヒということですが、このトウヒは、もう少し北の地域に原生しています。

マリアナトウヒは、アメリカ合衆国東北部を南限にカナダ~アラスカの北アメリカ北部に原生する極北のトウヒです。英語では、Black spruce(ブラック スプルース)ともBog spruce(ボグ スプルース)ともいわれます。Bog(沼沢地)が示すように、栄養塩類の少ない、ツンドラ付近の泥炭地に生息するため、成長が遅い小型のトウヒとなります。

マリアナトウヒを日本で植えているところがあります。小さなトウヒという割には立派に生育していました。この木は、ゆっくり成長し樹脂を多く含みます。樹皮は、鱗(りん)状で薄くはがれ、灰色がかった茶色でした。

マリアナトウヒの球果は、大きなもので長さ3cm、幅2cm、種(タネ)の大きさは、翼を入れても5mm程度しかありません。トウヒ属の中で、最小の球果と種です。カナダの極北に生えるマツ属にバンクスマツPinus banksiana(ピヌス バンクシアナ)という、小さな球果を付けるマツがあります。ツンドラ付近に生えるマリアナトウヒもまた小さな球果でした。

マリアナトウヒに対して、トウヒ属最大の球果を付けるのは、ドイツトウヒです。通常長さ15cm程度ですが、18~20cm、乾燥重70gに達する大物もあります。形状は、やや細長くスリムな体形。各種鱗(しゅりん)の先端部分が尖り、不規則に裂しています。

No.59 ドイツトウヒPicea abies(ピケア アビエス) マツ科トウヒ属。日本語ではドイツトウヒ、もしくは、オウシュウトウヒですが、英語ではNorway spruce(ノルウェー スプルース)といいます。それだけ、ヨーロッパに普遍的に生えているということを示しています。分布は、中央~東ヨーロッパ、および北ヨーロッパにわたる広大な地域です。さらに、ウラル山脈から東、極東まで広がるシベリアに生えるトウヒ、シベリアトウヒPicea obovata(ピケア オボバタ)が、ドイツトウヒと親和性があり、亜種とも考えられていることから、世界で最も広く原生するトウヒが、このドイツトウヒとその近縁種になるのだと思います。 

ドイツトウヒは19世紀、トウヒ属の分類において基準となった種です。背丈は50mに達し、高品質な木材資源として重要な産業用樹種でもあります。ドイツ南部の国境地域には、有名な観光地、黒い森Schwarzwald(シュヴァルツヴァルト)があります。そこは、植林されたドイツトウヒが主な樹種となっている森、常緑針葉樹の暗い森です。

ドイツ製のフクロウ時計です。鉄製のおもりの重力と振り子が動力となって時を刻み鳴き声で時を知らせてくれます。そのおもりの形を見てください。それは、ドイツトウヒの球果がモチーフです。鳩時計、カッコウ時計のおもりも同じです。北部ヨーロッパにおいて、マツ科マツ属の樹種はヨーロッパアカマツPinus sylvestris(ピヌス シルベストリス)しかありませんから、松ぼっくりより、トウヒぼっくりの方が、普遍的なのだと思います。

ドイツトウヒは、樹形がよいので、世界中で庭園木、街路樹、クリスマスツリーにも使われます。日本でも亜高山帯や北東北、北海道、一部の平暖地でも植樹もされているところがありますので、比較的容易に、この大きなソーセージ状の球果が手に入るはずです。

ドイツトウヒの学名はPicea abies、種形容語abies(アビエス)は、モミ属という意味です。直接訳すとモミトウヒです。モミなのかトウヒなのか、どっちかにしてほしいのです。マツとトウヒ、モミ、スギと和名が付く針葉樹はたくさんあるのですが、和名がその所属する属の名を表していない場合が多いのです。ヒマラヤスギはスギ属ではなく、マツ科ヒマラヤスギ属です。エゾマツは、マツ属ではなくトウヒ属です。トドマツは、マツ属ではなくモミ属だし。ヒメバラモミ、ハリモミなどはトウヒ属であり、モミ属ではないのです。多分、植物分類学が発達する前に、これら整合性のない名前が付いてしまっのだと思います。その和名は、植物を知りたい人にワザと意地悪をしているとしか思えないのです。

ドイツトウヒの球果は、大きくて見栄えがよいので、球果好きには必携のアイテムの一つです。

次の「トウヒ属3」では、このドイツトウヒの球果よりグラマラスに見える立派な球果を付けるトウヒ属が登場します。

次回は「世界球果図鑑[その24] トウヒ属3」です。お楽しみに。

JADMA

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