小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その24] トウヒ属3
2022/01/18
トウヒ属発祥の地といわれる北アメリカから、大西洋を渡りヨーロッパを代表するトウヒを見てきました。次の「世界球果図鑑」は、ヨーロッパとアジアを分ける際に位置するトウヒ属から始まります。
No.60 コーカサストウヒPicea orientalis(ピケア オリエンタリス)マツ科トウヒ属。種形容語のorientalisは、ヨーロッパから見て日の出の方角にある、東地域を意味します。和名の通りに、このトウヒは、旧ソビエト連邦のКавказ(カフカス)地域に原生します。そこは、黒海とカスピ海の間にある地域。大カフカス山脈と小カフカス山脈(最高峰は標高5000mを超える)にある山がちな土地柄です。
ロシア語でКавказとは英語でCaucasus(コーカサス)のことで幾つかの国家があります。ロシア、ジョージア(旧グルジア)、アゼルバイジャン、アルメニア、トルコの東北部も含まれます。この地域のコーカサストウヒは、45mにもなる大きなトウヒ。光沢のある太く短い針葉が特徴的です。葉の長さがトウヒ属の中で最も短く長さは7mm程度しかありません。
コーカサストウヒの若い球果は、紫色をしていて細長い卵形。長さは5~9cmほどの大きさがあります。この写真でも、濃い緑色をしている針葉の特徴が見て取れると思います。成熟し乾燥した球果の色は焦げ茶色です。形はほっそりとした長い長楕円(だえん)形になりました。縁は丸く鋸歯(きょし)がないフラットな種鱗(しゅりん)です。手のひらにのせその質感と大きさを実感できるようにしました。
球果の長さはそれぞれ7.5cmと8cm、幅は両方とも2cm、重さは6gと7gでトウヒ属の球果の中では小型です。種(タネ)は羽を含め1.5cm、種部分は3mmでした。
コーカサス地域から、さらに東に移動します。アフガニスタンからネパールの標高2000~3000mほどの山岳地帯には、トウヒとは思えない柔らかで長い針葉を持つ不思議なトウヒが原生します。
No.61 ヒマラヤトウヒPicea smithiana(ピケア スミシアナ)マツ科トウヒ属。それは、長さ5cmにも及ぶトウヒ属最長の針葉を持ち、しなやかで垂れるような樹姿となるトウヒです。種形容語のsmithianaとは、19世紀イギリスの植物学者James Edward Smith(ジェームズ・エドワード・スミス)に献名されています。
ヒマラヤトウヒの球果が枝先に付く様子です。トウヒ属の球果は全て下向きに付くといいました。形状は、細長い倒卵形と表現しておきます。その大きさはトウヒ最大といわれるドイツトウヒに負けていません。この種の球果最大級は長さ18cm、幅5.5cm、重さ65gでした。
ヒマラヤトウヒは、西ヒマラヤの亜高山帯に原生し、涼しく湿ったモンスーン気候の土地に生え、湿った土壌で生育していきます。高さ60mにも達する大きなトウヒですが、夏の高温乾燥や大気汚染には適応が難しいとされています。
ヒマラヤトウヒの球果は、種鱗が広く、鋸歯がないのでフラットに付いています。大きさは、長さ9~16cm、幅4~4.5cmほど。革質で樹脂に富みつややかです。それは、私のコレクションの中でも特にお気に入りです。
西ヒマラヤからさらに東進し、東ヒマラヤにまたがった中国横断山脈に行きましょう。そこは、東アジアの南西の果てにある山岳地帯です。写真は玉龍雪山、標高5000mを超える中国の雲南省の山です。麓には麗江(れいこう)というナシ族の王都だった町があります。
No.62 ウンナントウヒPicea likiangensis(ピケア リキアンゲンシス)マツ科トウヒ属。英語で Lijiang spruce(リージャンスプルース)といいます。種形容語のlikiangensisとは、麗江(lì jiāng)の誤記と思われ、麗江産のトウヒという意味です。ウンナントウヒは、チベット、四川省、雲南省などの山岳地帯に原生するトウヒです。その球果をまだ見ていません。
東ヒマラヤに続く中国横断山脈の緯度を上げると、四川省、甘粛(かんしゅく)省、陝西(せんせい)省に至ります。そこには、中国を南と北に区分する秦嶺(しんれい)山脈があります。この付近の標高2000~3000mの山岳地帯には、雲杉というトウヒが生えています。
No.63 雲杉(yún shān)Picea asperata(ピケア アスペラータ)マツ科トウヒ属。種形容語のasperataは、粗いという意味です。この雲杉の灰色がかった針葉が、頑丈で鋭いことを表すのだと思います。
この雲杉の球果の種鱗はもろく、紙のような質感です。長さは7~8cm、重さは6gほど。形状が円筒形をしている点がユニークです。私が採取した球果はわずかに湾曲しています。色は赤褐色で、球果の大きさの割に種(タネ)は小さいものです。翼も入れて1cm未満でした。
次回は「世界球果図鑑[その25] トウヒ属4」です。お楽しみに。