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世界球果図鑑[その25] トウヒ属4

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その25] トウヒ属4

2022/01/25

トウヒ属は、北半球の寒冷地と亜高山帯を生息地にしています。北アメリカ大陸を出発点としたトウヒ属の旅は、東へ回り、極東の島国にたどり着きました。そこは、豊富な雨量がもたらす森林と、急峻(きゅうしゅん)な山を持つお国柄です。意外と多くのトウヒが生息していました。まずは、この国の北海道に生えるトウヒ属から始まります。それは、東アジア北東部のトウヒでもあります。

No.64 エゾマツPicea jezoensis(ピケア ジェゾエンシス)マツ科トウヒ属。英語では、Yezo spruce(エゾ スプルース)といいます。種形容語のjezoensisは、日本の北海道の古い呼び方の蝦夷(えぞ)のことなのですが、どこかで「y」と「j」のアルファベットを間違えたみたいです。

針葉の長さは2cmほどと長く、先端が尖って見えます。ところが、葉は幅広の扁平。弾力があり、触っても痛くありません。そして葉裏に、2条面の気孔帯を持ちます。

エゾマツは、秋にたくさんの球果を落とします。その球果は、トウヒ属の中では比較的小さいもの。質はもろく、円柱の構造をしていてずんぐりむっくりしています。

No.65 トウヒPicea jezoensis var. hondoensis(ピケア ジェゾエンシス バラエティ ホンドエンシス)マツ科トウヒ属。変種名var. hondoensisは、トウヒがエゾマツの変種であって本州に産することを表します。

トウヒは、日本の固有種です。紀伊半島の山岳地帯~本州中部~南東北の山岳地帯など、深い山に生え、ほとんどは、他の樹種と混生しています。山中にあり、トウヒを見つけるのは、案外難しいものです。大きい株は、30mほどに育つので遠目で見て、トウヒ属の樹姿を探すのがよいと思いますが、見通しのきく場所は少ないものです。足下を見ながら歩いていると、トウヒ属独特の球果を見つけることがあります。

トウヒの学名Picea jezoensis var. hondoensisからは、トウヒはエゾマツの本州型との印象を受けます。ところがです、エゾマツにはもう一つの変種がありました。それは、朝鮮半島他に原生するチョウセントウヒでPicea jezoensis var. koreanaです。トウヒとチョウセントウヒは、形態的によく似ていて、DNA解析の結果もトウヒは、エゾマツよりチョウセントウヒに近いことが示唆されました。ということは、トウヒは、北海道から本州に分布を広げたエゾマツの変種ではなく、東アジア北部のエゾマツが大陸を南下して、チョウセントウヒを分化させ、それが、南回りで本州に分布を広げたチョウセントウヒ由来の変種であることを示唆しているのでした。

トウヒの葉の長さはエゾマツより短い1cmほど、エゾマツと同じように、優しい手触りをしていて裏面に気孔帯があります。日本産のトウヒの中で、葉が比較的幅広であり、その断面が扁平であるということが、エゾマツと、その変種であるトウヒが、他のトウヒと大きく違う点です。

トウヒ(左側)とエゾマツ(右側)の球果です。トウヒの球果は、細長い楕円(だえん)形、大きさは、おおよそ6cm、幅2.5cmほどあり黄褐色をしています。エゾマツの球果は、長卵形で大きさは大体長さ5.5cm、幅3cmで少しふっくらしていて色は茶褐色です。通常、エゾマツの方が大きくなるようですが、私の集めたエゾマツの球果は小ぶりみたいです。エゾマツとトウヒの関係は、明確になりました。次は、エゾマツと名前が似ているアカエゾマツを見てみます。

No.66 アカエゾマツPicea glehnii(ピケア グレーニー)マツ科トウヒ属。この種は日本の北海道にその分布中心があり、本州の一部と樺太に隔絶分布しています。種形容語のglehniiは、19世紀樺太を探検して、このトウヒの基準となる標本を採取したバルトドイツ(現エストニア)の植物学者である、Peter von Glehn(ピーター・フォン・グレーン)に献名されています。英語では、Sakhalin spruce(サハリン スプルース)といいます。

アカエゾマツの針葉はエゾマツに比べ短く、葉身は1cm程度、エゾマツが扁平であったのと違い針状で、葉先が尖ります。しかし柔軟でソフトな手触りをしています。

私が集めたアカエゾマツの球果は小ぶりです。長さは4.5cmほどで、幅は2.5cmほどでした。この種の球果は8cm程度になると聞きます。エゾマツの球果と比べると細身で、色は多少赤い気がします。

アカエゾマツは、エゾマツの変種のような名前ですが、実は大きく違う種です。区別性の難易度は、高いのですが、サイドバイサイドで見るとよく分かります。葉の断面が違いました。葉の断面の形状、気孔帯や針葉の長さも違います。幹の色も微妙に違います。何より裏側の若い枝色が、アカエゾマツは明確に赤いのです。

植物考古学の研究では、最終氷期に東北では、アカエゾマツの林が広がっていたことが分かっています。温暖化によって、本州のアカエゾマツは絶滅、あるいは特定の山岳地域でわずかに生き残りました。そのような生き残り分布を示すのを遺存分布種といいます。温暖期に、寒冷な気候を求めて、北方や山を目指したトウヒたち。日本の山岳は傾斜が急で険しいところでした。山地にすみかを求めて移動したトウヒたちは、それぞれの山系に孤立して進化してきたと考えられます。

次回は「世界球果図鑑[その26] トウヒ属5」です。日本のある地域に固有の希少種が登場します。お楽しみに。

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