タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

世界球果図鑑[その26] トウヒ属5

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その26] トウヒ属5

2022/02/01

地球は、寒冷化と温暖化を繰り返してきました。寒冷な時代にトウヒ属は繁栄し、南進しました。温暖期になって、トウヒは北方や高い山に退きましたが、撤退戦に失敗し、絶滅してしまったトウヒもあったと思います。本州中部の内陸部、寒冷でやや乾燥した山岳地帯に、逃げ込んだトウヒ属があります。それらは、狭い範囲に少数の個体が、辛うじて命脈を今につないでいます。

八ヶ岳西部の山を登っているときでした。周りは、カラマツやウラジロモミ、その他、落葉広葉樹の混生林です。

標高1500m付近の登山道の際で、明らかにモミとは異質の針葉樹に出合いました。葉が密に付いていて、一つ一つの針葉は9mmほどしかなく短いのです。

針葉は硬いけれど、葉先が鋭く尖っていません。針葉をカミソリで切って、ルーペで断面を見ると、ひし形をしていました。それは、今まで見てきた日本のトウヒ属とは違う断面の形状でした。

この木の下をドキドキしながら念入りに調査すると。意外と細長いトウヒ属の球果が見つかりました。樹木の外観、葉、球果、そして、この地域性から判断すると、トウヒ属の希少種であるあのトウヒです。

さらに登山道を上ると、同種のトウヒが見つかりました。やはり同じ球果が落ちていました。林業の専門家に、この地域にそのトウヒが生えているか聞いてみました。

No.67 ヤツガタケトウヒPicea koyamae(ピケア コヤマエ)マツ科トウヒ属。種形容語のkoyamaeは、小山光男という人名にちなんでいます。このトウヒは、1911年八ヶ岳、当時皇室御料林において小山氏によって発見されるまで、知られていないトウヒでした。

ヤツガタケトウヒは、世界中で八ヶ岳とその周辺、 南アルプス北部の標高1500~2000mの限られた場所に生える珍しいトウヒです。調査によると、その場所に1000本程度しか生息していないと推定されています。

ヤツガタケトウヒの球果です。形はやや太めの楕円(だえん)形、実測では長さ8~9cm、幅3.5cmほどあります。光沢のある褐色をしていて、種鱗(しゅりん)は薄くややもろい球果です。

次のトウヒも日本固有種であり、ヤツガタケトウヒに負けない珍品です。

No.68 ヒメバラモミPicea maximowiczii(ピケア マキシモヴィッチ)マツ科トウヒ属。種形容語のmaximowicziiは、東アジアの植物分類に貢献をしたロシアの植物学者Carl Johann Maximowicz(カール・ヨハン・マキシモヴィッチ)の名前によります。ヒメバラモミの分布は、ほぼヤツガタケトウヒと重なっていて、八ヶ岳や、南アルプス北部の中部山岳地帯だけに生息しています。

ヒメバラモミは、ヤツガタケトウヒより大きくなるトウヒですが、枝先にぶら下がった球果は小型です。最初、緑色をしている球果は、秋には茶色く成熟して種(タネ)をばらまき落下してきます。

針葉は先が尖り、長さは1.4cmほど、四面に白い気孔帯が確認できました。葉をカミソリで切ると、断面は四角なのか、迷うような、やや腰高なひし形をしていました。

ヒメバラモミの乾燥した球果です。それぞれ長さは4.5~5.5cm、幅は2.5~3cmのずんぐりむっくりした形状で、重さは乾燥果で2~3gです。植物考古学によると、氷河期においては、ヤツガタケトウヒとヒメバラモミの両種は、東日本に広く生息していたとされます。現在は、気温が低く降水量の比較的少ない八ヶ岳とその周辺、南アルプス北部の標高1500~2000mの限られた場所に辛うじて生き残っている状態です。今後の地球温暖化は、この寒冷期の遺存種トウヒたちに、どのように影響していくのでしょうか?

No.69 旧アズサバラモミPicea maximowiczii var. senanensis(ピケア マキシモヴィッチ バラエティ セナネンシス)マツ科トウヒ属は、ヒメバラモミの変種とされてきました。変種名のsenanensisは、信州産という意味です。大きさの実測は、長さ6.5~7cm、幅3.5~4cm。その球果の大きさは、ざっとヒメバラモミの1.5倍と特異的です。変種名は、長野県南佐久の梓山で発見されたことから付けられました。現在は、球果の大きさの違いは、地方変異、株ごとの差異とされ、現在はヒメバラモミと同種とされています。旧アズサバラモミの球果は、『世界のふしぎな木の実図鑑』の著者の一人である小林智洋氏よりいただいたものです。

次回は「世界球果図鑑[その27] トウヒ属6」です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.