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世界球果図鑑[その28] イトスギ属 前編

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その28] イトスギ属 前編

2022/02/15

マツ科の球果だけで「その27」まで来てしまいました。その形態と、母木が原生している様子、進化と生態、人との関わりと文化、学名が付けられた背景など、いろいろ興味は尽きません。余計な修飾が多くなってしまい、長編となっている「世界球果図鑑」シリーズです。ともあれ、球果植物の最大派閥である、マツ科Pinaceae(ピナセアエ)は終了です。

これから、「世界球果図鑑」では、次の大きな科(ファミリー)である、ヒノキ科へと話を進めてまいります。ヒノキ科は、北半球を主な生息地とするマツ科と違い、比較的多くの属を持ち、世界中に分布しています。ところがです。この科は一属一種。もしくは、ごく少数の種しか現存していないことが多いのです。それらは、世界のあっちこっちに生きていた痕跡(化石)を残しながら、各地で絶滅し、限定した地域だけで生き残った遺存種のように思えます。

世界には、見たことも聞いたこともないヒノキ属が生息しています。人によって分類の考え方が違うのですが、その数、28~30属100種以上。日本にもヒノキ科は、5属10種ほどの生息が確認されています。この「世界球果図鑑」では、世界中のヒノキ科を網羅することはできません。私の理解している範囲ということで、ヒノキ属の球果とその木を紹介していきます。

さて、私の働いているサカタのタネ ガーデンセンター横浜では、conifer(コニファー)を売っています。英語でconeは、円錐(すい)もしくは球果のこと。ラテン語では、conifer=球果を持つという意味であり、球果植物の針葉樹を指す園芸用語となっています。園芸において針葉樹の形と色は、草花や広葉樹にはないモダンな雰囲気と造形を作ることができる素材です。この写真に写っている鉢、全てがヒノキ科の植物です。

こぢんまりとした園芸店のポット苗だけで、ヒノキ科をイメージするとちょっと困ります。世界一、背の高い植物。世界一の体積を持つ樹木。世界一、幹周りの太い木は、それぞれに違うヒノキ科です。ヒノキ科は、多様でワイルド、長寿で気高い樹種の一つです。

「世界球果図鑑」は、まず初めに、ヒノキ科Cupressaceaeのタイプ属type genus(科の基準となる属名)になっている、イトスギ属から始まります。

No.72 ホソイトスギCupressus sempervirens(クプレッスス センペルビレンス)ヒノキ科イトスギ属。その特異的なフォルムは、フィンセント・ファン・ゴッホの絵画で有名です。枝は横に広がらず、上へ上へと伸びて、独特の姿になります。大きさは、40~50mに育つといいますから、10階建てのビルに相当することになります。

ホソイトスギの属名Cupressusは、地中海に浮かぶ、キプロス共和国の英語名Cyprusによるといわれています。種形容語のsempervirensは、接頭語のsemper~ (いつでも)+virens (緑色)の合成語。つまり常緑という意味ですが、その常緑性は、このホソイトスギだけに限ったことではありません。

英語ではこの植物を、 Italian cypress(イタリアンサイプレス)と呼び、その名はよく知られています。このホソイトスギの分布域は広く、地中海の両沿岸国~イスラム圏に及びます。ホソイトスギは、長寿の木。常緑性と独特な形状から、これら地域の精神世界に大きな影響を与えています。

ヒノキ科の葉は特殊な形状をしていて、それが、枝なのか葉なのか分かりにくいものです。これは、他のイトスギ属の葉を拡大したものです。細い枝に長さ4mmほどの鋭い、三角葉が対生しているのが分かると思います。上下の葉は、90度の角度で交互に重なり合うように密着していることに着目してください。葉の付き方を上から見ると「十」という漢字のように見えるので、「十字対生」といいます。

次にホソイトスギの葉を見てみます。葉の長さはさらに短く、1~2mmしかありません。それは、小枝に十字対生して密着しています。形状は葉というより鱗(うろこ)のようなので、鱗片(りんぺん)葉といいます。イトスギ属の葉には、裏と表の区別がありません。少し太い糸かひものような形状をしています。故に「糸杉」というのだと思います。

ホソイトスギ属の球果が、枝に付いている様子です。球果は球状で堅い木質。イトスギ属の球果は、開花後2年で成熟する2年生。熟すと種(タネ)を落としますが、ホソイトスギの種鱗(しゅりん)は、しばらく樹上にとどまります。

ヒノキ科は裸子植物の一員です。被子植物のように子房で種を保護するのではなく、胞子のように、葉に直接種が付きます。球果は、葉の延長線の器官と考えられます。その球果を解剖して、鱗片(種鱗)を3つ外しました。その中の構造を確認しましょう。

イトスギの葉は、「十字対生」だと書きました。球果は、葉が変化したものです。同じように、それは十字対生構造を保持し、種を包み込んでいました。

ホソイトスギの球果は、木質で、大きさは平均すると2.5cmほどあります。種鱗は、円錐(すい)状の小突起を持った盾のようです。それは12個ほどあり、球果の表面を球状に分割しているのです。

今回、ヒノキ科のガイダンスを含め、ホソイトスギに関して、少し込み入った解説を加えました。この球果、とにかく頑丈で多少の手荒い扱いにも壊れることがありません。ホソイトスギの球果をストラップに付けて、キーホルダーにしてみました。

次回は「世界球果図鑑[その29] イトスギ属 後編」です。お楽しみに。

JADMA

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