小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その29] イトスギ属 後編
2022/02/22
イトスギ属は、ヒノキ科の中で比較的多くの種を、ヨーロッパ、北アメリカ、アジアのさまざまな環境に分布させています。そして私たちが、家庭園芸において最も多く、目にしているだろうヒノキ科の植物もイトスギ属だと思います。そのイトスギの仲間は、北米カリフォルニアの、限られた海岸環境に遺存分布している希少種から、育成された園芸品種です。
No.73 モントレーイトスギCupressus macrocarpa ‘Gold Crest’(クプレッスス マクロカルパ ‘ゴールドクレスト’)ヒノキ科イトスギ属。英語では、カリフォルニアの モントレー半島の名を冠しMonterey cypress(モントレーサイプレス)といいます。
※学名での表記において、‘ ’(アポストロフィー)で囲まれた文字がある場合は、それが、その種の園芸品種名であることを表します。
園芸店で売られている、小さなモントレーイトスギのゴールドクレストは油断できません。20~30年もたつと10~20mの大きさにも育ち、手に余ることがあります。葉はよい香りがして、観賞価値の高い樹木ですが、水切れに弱いこと、根の発達も悪く木が倒れやすいのです。風の強く当たる場所には植えない方がよいでしょう。種形容語の macrocarpaは、大きな果実という意味ですが、この植物の球果をまだ見つけたことがありません。
No.74 アリゾナイトスギCupressus arizonica‘Blue Ice’(クプレッスス アリゾニカ‘ブルーアイス’)ヒノキ科イトスギ属。種形容語のarizonicaは、北米アリゾナの意味です。母種は、アリゾナ州、ニューメキシコ州、テキサス州西部などアメリカ南西部の乾燥環境に原生しています。
このアリゾナイトスギは、ひものような鱗片(りんぺん)葉が、白い灰のようなワックスで覆われ、青白く見えます。その灰色をした葉がしゃれた風景をつくりだす美しいイトスギなのですが、なぜワックスを分泌するのでしょうか?
アリゾナイトスギの生息環境は、砂漠に匹敵するような場所です。原生地のアリゾナ州、ニューメキシコ州、テキサス州西部などの年間降水量は、およそ300mmしかありません。砂漠といわれる場所の降水量は200mm以下といわれていることを考えると、この植物が生えている環境条件が想像できます。ちなみに、日本の年間降水量は、1700mmを超え、世界平均の倍です。
これは私の推測ですが、植物は光合成のために気孔を開き、二酸化炭素を取り入れます。同時に水で満たされた体からは、水分が逃げていくのです。乾燥環境において、水分の消失は致命的です。アリゾナイトスギは、気孔を開くことによって生じるジレンマを、ワックスの皮膜で解決しようとしているのだと思います。
アリゾナイトスギの球果の大きさは1.4~1.6cm、8個ほどの少ない盾状の種鱗(しゅりん)から構成されていました。受粉後2年で成熟する2年生球果で、紫がかった、焦げ茶色をしています。種子は濃い茶色で長さ2mm、一つの球果にびっしり詰まっていました。
ヨーロッパのイトスギ、北アメリカのイトスギを紹介しました。次はアジアのイトスギです。
No.75 オオイトスギCupressus torulosa(クプレッスス トルローサ)ヒノキ科イトスギ属。英語でHimalayan cypress(ヒマラヤンサイプレス)といいます。それは、山岳環境に生えるイトスギです。
オオイトスギは、主にヒマラヤ北部の乾燥した地域に生息するイトスギです。湿度の高い日本の気候に適応するのは難しいとされています。オオイトスギは、ホソイトスギとはかなり樹形が違い、枝を大きく広げ、底辺の大きな円錐(すい)形なります。上の写真は、20mほどの大きさ、成木では45mの大きさになるといいます。
オオイトスギの幹は太く立ち上がるのですが、枝は細く垂れ下がります。針葉は短く枝に密着し、灰をかぶったような暗い緑色の鱗片葉となります。葉は、全体として太いひものような形状です。
オオイトスギの球果です。大きさ1.5cm程度、種鱗の中央部分に明確な突起のある球形です。この植物の学名はCupressus torulosaでした。種形容語のtorulosaは、 torulosusのこと。それは小さな隆起のあるという意味を持っています。若い球果の色は紫色、成熟すると灰褐色の球果になります。
もう一つ、アジアのイトスギを紹介します。
No.76 Yunnan cypress(ウンナンサイプレス)ヒノキ科イトスギ属。Cupressus duclouxiana(クプレッスス ドゥクリュキアナ)。種形容語のduclouxianaは、人名によるものです。この植物に適した和名が見当たらないため、英語表記にしました。ウンナンサイプレスは、樹冠が丸く、イトスギのような尖った頂部にはなりません。
ウンナンサイプレスは、中国の雲南省、四川省など亜高山帯~高山に生息する中国に固有のイトスギです。中国では千香柏と呼ばれます。25mほどに育つ常緑の高木であり、ヒマラヤイトスギのように枝は下垂しません。樹皮は褐色で、まるでヒノキのようです。残念ながらイトスギ属は、ユーラシア大陸東岸の島弧まで分布を広げませんでした。その地域には、近縁ではあるけれど非なるもの、ユーラシア大陸にはない、貴重な常緑の針葉高木が生えていました。
次回は「世界球果図鑑[その30] ヒノキ属 前編」です。お楽しみに。