小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
世界球果図鑑[その30] ヒノキ属 前編
2022/03/01
イトスギ属とヒノキ属は、よく似ています。ヒノキ属の学名は、Chamaecyparis(カマエキパリス)といいます。それは、chamae(カマエ)=小さいという意味の接頭語+cyparis(キパリス)=ギリシャ語でイトスギのこと。つまり、小さなイトスギという意味です。しかしながら、ヒノキ属は、常緑の高木であり、立派な体格の持ち主。イトスギ属に対し、見劣りする木ではありません。
写真の左側の大きな球果はホソイトスギ、右側の小さな方はヒノキです。比べてみると、その大きさの違いは明確ですが、球果構造は同じように見えます。ホソイトスギの球果の直径は2.5cmほど、ヒノキは1cmほどです。ヒノキの球果は、ホソイトスギの40%くらいの直径しかありません。属名の小さなイトスギChamaecyparis(カマエキパリス)という意味は、球果がイトスギ属に比べ、小さいという意味なのです。
ヒノキ属は世界に5~6種ほどとされ、不思議なことにユーラシアの大陸になく、東アジアの島しょに3種、北アメリカ大陸に2~3種が生息しています。東アジアといってもヒノキ属は、日本と台湾にしか生息していません。ヒノキとサワラの2種が日本に、ヒノキの変種とタイワンベニヒノキ(別名タイワンベニヒ)が台湾に分布しているだけです。
※ヒノキ属の数が確定していないのは、分類上に不確定要素があるからです。
No.77 ヒノキChamaecyparis obtusa(カマエキパリス オブツサ)ヒノキ科ヒノキ属。ヒノキは、福島から屋久島までが分布域。主に太平洋側の山地に生え、やや乾燥する尾根筋や斜面を好み生息しています。ヒノキの木材は高級品です。植林されたヒノキもたくさんあります。林野庁によると、日本の人工林1020万ヘクタールのうち、25%がヒノキとされています。
『日本一の巨木図鑑』によると、日本一のヒノキは高さ32m、幹周7.8mでした。ヒノキは通常、枝打ちをして、幹を真っすぐに育てます。それは、材木としての価値を高めるためです。ヒノキの樹皮は、独特の赤褐色。太い帯のように剥がれます。それは、樹脂を大量に含むために、水をはじきます。この木の皮は、古い時代に屋根を覆う材料だったのでした。『枕草子』に、こんな一文があります。
「雪は、檜皮葺、いとめでたし」
日本において、ヒノキは特別な木です。幕末に来日したシーボルトは、彼の著書の中で、ヒノキを評価し次のように記しています。
「その真っ直ぐに伸びた幹の、堂々たる外観。ヒノキは日本の森の誇り。その材は白く緻密。絹のような光沢を持つ」「日本人は、ヒノキを太陽の女神に捧げるにふさわしい木と考えている」
※太陽の女神とは天照大御神(あまてらすおおみかみ)のことです。
ヒノキの葉は、短くうろこのように枝に対生で密着している鱗片(りんぺん)葉です。イトスギ属のように糸状ではなく扁平。そして葉に表と裏の違いがあります。ヒノキの裏面には、気孔が集まっている気孔線と呼ばれる構造があり、ワックスで白く見えます。ヒノキのそれは、「Y」の文字に見えます。これがヒノキの大きな特徴です。
ヒノキの種形容語のobtusaは、ヒノキの球果が丸く鈍形だということを表しています。このヒノキの球果は、大きさ以外にイトスギ属と違う点があります。それは、イトスギ属が受精から2年かけて成熟する2年生だったのに対し、ヒノキ属は、その年に球果が成熟する1年生なのです。この球果は9月ごろの様子で、まだ未成熟です。これが、11月、12月には茶色に熟し、乾燥して種(タネ)を放出します。
ヒノキの球果を集めて乾燥させました。中央の球果は、種鱗(しゅりん)を一つ外したものです。これを見ると、盾状をした種鱗が対生しているのが分かります。種鱗の数は、1球果当たり9~10個ほどありました。種鱗それぞれに、種が2~4個付きますので、球果一つ当たりに種が18~40個ある計算です。ヒノキの種には、両端には翼がついています。このとれたての球果を温めると、独特のヒノキの香りがします。
次は、ごく近しいサワラについてです。
No.78 サワラChamaecyparis pisifera(カマエキパリス ピシフェラ)ヒノキ科ヒノキ属。種形容語のpisiferaは、pisum(エンドウ属の学名)+fer(~を持つ)の合成語となっています。このエンドウという名は、おそらくサワラの付ける小さな球果に由来するのだろうと考えられます。
サワラの球果が、葉にたくさん付いている様子です。それは、ヒノキ科の中でもひときわ小さいものです。この球果も1年で成熟します。
サワラは、日本に固有のヒノキ属。北東北から北九州の太平洋側の山地に原生します。ヒノキは乾燥する土地に生息しますが、サワラは湿度の高い沢沿いなどに生える樹木です。サワラの幹も、ヒノキのように真っすぐに育ち円錐(すい)形の樹形を作ります。樹皮は赤褐色~灰褐色でヒノキよりも粗く、細かく剥がれるので、屋根を覆う材料とはなりません。
ヒノキは漢字で檜木(檜)と書き、サワラは漢字で椹木(椹)と書きます。サワラギからサワラと略されたのでしょう。サワラは、ヒノキに比べ枝がよく伸び樹冠がさっぱりしている、「さわらか」がその語源ともされています。
サワラの葉も表と裏がはっきりしています。葉裏には気孔線があり、白いワックスが「X」の字に見えます。この裏面の気孔線の形が区別の難しいヒノキとサワラの違いです。ヒノキは「Y」字、サワラは「X」字と覚えましょう。
サワラの球果は小さく、直径6mmほどしかありません。ヒノキと比較すると、その大きさが分かります。サワラの盾状種鱗(しゅりん)の数は9個でした。その種鱗の中央部分に注目してください。イトスギ属は、突起がありました。ヒノキは平滑です。サワラは陥没しているのです。
ヒノキとサワラを区別する簡単な方法は2つです。
1. 葉の気孔線の形状
2. 球果の大きさと形状の違い
この2つを覚えれば、ヒノキとサワラを間違えることはありません。
サワラには、多くの園芸品種があります。例えば、横に張った枝が垂れ下がるヒヨクヒバChamaecyparis pisifera ‘Filifera’ です。あまり大きくならないので、庭植えに使われます。
ヒヨクヒバは漢字で比翼檜葉と書きます。この「ヒバ」と言う通称名は、ヒノキ科の中でさまざまな属にも使われていて、ヒノキ科の理解を難しくしている困った用語だと思います。ヒヨクヒバの葉裏を見てみました。気孔線に「X」の字がありました。それはこの植物がサワラである印です。
次回は「世界球果図鑑[その31] ヒノキ属 後編」です。お楽しみに。