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オウレン属[前編] Coptis japonicaたち

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

オウレン属[前編] Coptis japonicaたち

2022/03/15

「世界球果図鑑」を掲載中ですが、この時期に花を咲かせる植物、時節の花を紹介したいと思います。この植物記では、早春のひとときだけ地上部に葉を出し、花を咲かせたかと思うと、夏を前にして跡形もなく生きた痕跡を消してしまう「春の妖精」と呼ばれるキンポウゲ科の植物をいくつか取り上げてきました。

今回は同じキンポウゲ科で、春の妖精風ではあるけれど、いつも葉を持っている「緑の妖精」のお話です。

今年の冬は寒かったですね。日本海側には、たくさんの雪が降りましたので、さぞ大変だったと思います。そんな地域の高い山に雪が残り、里や低山で雪がなくなるころ。キクバオウレンは咲きだします。

キクバオウレンCoptis japonica var. anemonifolia(コプティス ジャポニカ バラエティー アネモニフォリア)キンポウゲ科オウレン属。この植物は日本の固有種であり、種形容語は日本産という意味です。この植物は北海道南部から本州の、日本海側の山地林床に生える常緑の多年草です。

この植物は、山地の樹林下に生育とされていますが、主に針葉樹の湿った林床に生えていました。しばしば、カタクリやキクザキイチゲ、雪割草などと混ざって咲いている様子です。

オウレン属は、北半球に分布し、約半数が日本に原生しているとされています。日本は降水量が多く、森林が生産する全体的なバイオマスが豊富です。山林の林床は薄暗く、落ち葉などが豊富に降りつもりフカフカな土壌がつくられます。そんな山林の軟らかなベッドが好きなオウレン属は、日本の環境に適応した植物の一つです。

キクバオウレンが属するオウレンの属名は、Coptisでした。その属名の由来をいろいろ調べるとギリシャ語由来のKoptis=カッターに由来するらしいのです。それは、オウレン属の細かく裂けた葉を表すのだと思います。キクバオウレンとは、キク葉のこと。この植物の葉は確かにキクの葉に似ています。

キクバオウレンをさまざまな場所でマジマジと眺めると、この植物は、株によって違う様子の花を咲かせています。きれいな雪の結晶みたいな花を咲かせる株、そして緑の尖塔(せんとう)を持つ花です。

雪の結晶みたいな花を咲かせる株は、雄株だと思います。この株では、雌しべが一つ付いているのが分かりますが、基本はすべてがく片と花弁と雄しべで構成されています。花被は、白く放射状に広がっています。外側に尖った5~7枚の花弁状のものはがく片、内側に舌のように突き出ているのが花弁です。そして、多数の雄しべが確認できます。

こちらの株は、緑色をした雌しべ、雄しべ、花弁、がく片が備わった両性花でした。キクバオウレンは、雄株と両性株を持つ植物のようです。花粉量の多い方が生殖には有利なのは理解できます。一方、花粉を受ける方は大切に子を育てる戦略なのでしょう。

キクバオウレンの両性花は、受精すると果実ができます。それは車輪のようにきれいに丸く放射状に並んだ袋果となります。この幾何学的で妙な形態の果実が、オウレン属の特徴でもあります。

Coptis japonicaには3つの変種があります。それは、分布地と葉のつき方によって分けます。北海道南部から本州の、日本海側山地に原生し、葉柄の先に複葉が3つ付く1回3出複葉、という葉の付き方をするCoptis japonica var. anemonifoliaをキクバオウレンと呼びます。変種名はアネモネの葉という意味です。

次に本州と四国に分布し、葉が「23出複葉」という葉の付き方Coptis japonicaをセリバオウレンCoptis japonica var. majorと呼びます。この変種は、本当にセリのような葉をしています。var. major(バラティー メジャー)は、より大きいという意味ですが、この場合より重要という意味になると思います。日本で黄連(おうれん)という生薬を生産する上で、セリバオウレンが最も使われます。

こちらは、本州の太平洋側に生えていて、葉がより細かく分岐しています。3回の分岐を繰り返し、その先端に3枚の葉を付けるので「3回3出複葉」という形状。この変種をコセリバオウレンCoptis japonica var. japonicaといいます。葉がより細かく、ハーブのチャービルのようです。

Coptis japonicaを、多くの記述でオウレンと呼称していたことに少し抵抗がありました。オウレンは、黄色く連なる「黄連」の意味で、中医薬で用いるCoptis chinensisの根を乾燥した生薬である中国語の「黄连」を日本語で読んだ名前だと思います。だとすると中国産のCoptis chinensisをオウレンと呼ぶにふさわしいものと考えました。

また、さまざまな記述にCoptis japonicaの3つの変種名に混乱があるようです。私は、現在、何が正しいのかいまだに判然としませんが、自らの調査と判断で変種名を「東アジア植物記」に書きました。

次回は「オウレン属[後編]」です。お楽しみに。

JADMA

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