小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
日本海の積雪と新潟の植物[前編]
2022/04/12
比較的暖かい日本海の上をシベリアからの寒気が吹き付け、日本海側の陸地に多くの雪を降らせます。日本海側は、世界有数の豪雪地帯。世界一の積雪量を記録したのも日本でした。
春の新潟の日本海です。波の向こうにぼんやりと映る島影は佐渡島。里や林では、すっかり雪は溶け、春の花たちが咲いていました。
里の人に聞いたら、このツバキ、ユキバタツバキだというのです。山間部の豪雪地帯にはユキツバキが、雪が積もらない場所にはヤブツバキが、ある程度積雪がある地域にはユキツバキとヤブツバキの中間種(雑種)が生息するといいます。確かにユキツバキほどではないが、雪の重みで枝が横臥しているのが分かります。ユキバタツバキ(雪端椿)Camellia×intermedia(カメリア インターメディア)ツバキ科ツバキ属。種形容語のintermediaは、中間にあるという意味です。
ササの下に隠れるように、小さなアオキが花を咲かせようとしていました。このアオキ、太平洋側で見るアオキに比べ、一回りも二回りも小さい気がします。ヒメアオキAucuba japonica var. borealis(アウクバ ジャポニカ バラエティ ボレアリス)ガリア科アオキ属。ガリア科とは聞き慣れない名前です。それは、北米~中米などに生えるGarryaという植物たちの属名からの分類名となっています。種形容語のjaponicaと変種名のborealisは、日本の北方に生えるという意味を持ちます。
ヒメアオキは、北海道や日本海側の積雪地帯に生える、アオキの変種です。それは、雪の圧力によって、立ち上がることができずに横臥したり、大きく成長しないように形質を変化させた変異種だと考えることができます。
雪解け後の林床に咲く、さまざまな「春の妖精たち」に混ざって、おしゃれな彩りをした小さな草を見つけました。アズマシロカネソウDichocarpum nipponicum(ディコカルプム ニッポニカム)キンポウゲ科シロカネソウ属。種形容語のnipponicumは、この種が日本の固有種であることを示します。
キンポウゲ科の植物によくあることですが、花弁のように見えるのはがく片です。花弁は黄色に見える蜜標なのです。おかしいのは、黄緑色の葉色とがく片の彩色です。5枚あるうちの1枚だけが裏側および外側が赤く色づき、後は全体がアイボリーで外側がまばらに色づくだけなのです。モダンでたわけたような奇妙な色合い。なぜ1枚だけが明確に彩色されるのでしょうか、この奇妙な不思議さが、アズマシロカネソウ独特の魅力です。
アズマシロカネソウの根茎を見たことがあります。それは、きゃしゃな上部構造に対し太く長い立派で不釣り合いな下部構造でした。この植物は、秋田から鳥取までの日本海側に特異的に生息しています。その多肉質の根茎が、冬の積雪によって守られることが、この植物に必要なことなのだと思います。
昔、日本海側の豪雪地帯である福井~新潟を越の国(こしのくに)といいました。さらに細かくいうと、都(みやこ)に近い順に、越前、越中、越後となります。この越にちなんだ植物がいくつかあります。コシノコバイモ(越の小貝母)Fritillaria koidzumiana(フリティラリア コイズミアナ)ユリ科バイモ属。種形容語のkoidzumianaは、山形出身の日本植物分類学の基礎をつくることに尽力した、小泉源一氏(1883~1953)に献名されています。
コシノコバイモは、単子葉植物ですから花被は三数性、外花被3枚、内花被3枚に分かれているのが分かります。雌しべ1本は先端が3つに分かれていて雄しべは6本ありました。
コシノコバイモの草丈は15cmぐらい。葉は2枚対生し、花柄が付く上部では3枚輪生しています。日本のバイモ属は、地方性が強く数種が生息しますが、いずれも希少種であり絶滅が危惧される植物群となっています。
新潟の植物を見て回りました。日本海側に降る大雪は、木々たちを横臥させたり、その生育に制限をかけ小型化させるなどの負の作用を持っている様子です。しかし、それだけではなく、冬の厳しい寒さと乾燥から植物たちを守る、かけ布団のような優しさを兼ね備えていました。
雪の溶けた新潟の森は、もうお祭り騒ぎ。春のさまざまな花が咲き乱れています。植物好きや花好きの方は、この時期ぜひ、日本海側の森に行かれるのがよろしいでしょう。
アズマシロカネソウやコシノコバイモなど、積雪地帯に生える植物たちの何という奥ゆかしいことでしょう。でも、あまりにもきゃしゃ過ぎて、足で踏んだら絶滅してしまいそうなはかなさでもあります。今回は、雪の女神に守られる日本海要素と呼ばれる日本海側の多雪地を主たる分布域とする植物群たちを見つけた、楽しいボタニカルハイキングでした。
次回は、「日本海の積雪と新潟の植物[後編]」です。