小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
日本海の積雪と新潟の植物[後編]
2022/04/19
雪国北陸は、日本海に面した東西400キロにわたる細長い地域です。そこは、越前、越中、越後といわれる越(こし)の国。越とくれば、連想するのはお米ですか?お酒ですか?いずれも、日本海側の山に積もる雪がもたらす、豊かな降水量のたまものだと思います。前編では、コシノコバイモという植物を紹介しましたが、コシと名の付く植物は他にもあります。
お米のコシヒカリ、一粒一粒に存在感が感じられて、口に含むとほのかな甘さが広がります。こうしたうまい米こそ、私たちの国の宝物だと思います。異国の友人に、日本の食べ物で、一番おいしかったのは何かと聞いたら、ご飯だと「きっぱり」答えました。越の国のお酒もまた絶品。スッキリとした飲み心地と酔い心地、雪国のお酒はどれも美味です。越と名の付くお酒は数々ありますが、越乃寒梅はよく知られています。皆さんは、越の寒梅みたいな名前の越の寒〇という植物をご存じでしょうか?
手前のピンク色の花は、カタクリ Erythronium japonicum(エリトロニウム ジャポニカム)ユリ科カタクリ属。越の寒〇という植物は、新潟の山道の脇、こんな林縁で落ち葉に埋もれて生育していました。
コシノカンアオイ(越の寒葵)Asarum megacalyx(アサルム メガカリクス)ウマノスズクサ科カンアオイ属。カンアオイは、日本で最も地域分化をした植物として知られ、地域、地方ごとに違うカンアオイが生息しています。このコシノカンアオイは、日本の固有種。新潟などの日本海側の多雪地帯に原生します。
植物が咲かせる花は、目立つ色や形をしていて、高い位置に咲くのが普通です。でも、この子ときたら、落ち葉に隠れ、手でかき分けないと花の所在が分からないほど、内気で消極的です。おまけに、この色合いと容姿は、いかがなものでしょう?
カンアオイ属には花弁がありません。花のように開くのは、実はがく片です。花弁がないので正しくは、これを花被と表現します。コシノカンアオイは、日本産カンアオイ属の中でもとりわけ大きな花被を付けます。種形容語のmegacalyxは、mega=巨大な、calyx=がく片の合成語です。直径は4cmほどもありました。
こちらは日本の固有種。愛知から広島、四国の比較的広範囲に生息するヒメカンアオイ Asarum takaoi(アサルム タカオイ)ウマノスズクサ科カンアオイ属。この花被の直径は1cmほどですから、コシノカンアオイの花被がいかに大きなものであるかがお分かりいただけると思います。
日本海側多雪地帯での冬の生活は大変です。人は雪かきをして積雪に立ち向かいますが、越の国の植物たちは、積雪をそのまま受け入れ、命をつなげてきました。気の遠くなるような年月を経て、植物たちは生き抜くすべを模索したことでしょう。
コシノカンアオイは、冬は多雪地帯の雪に埋もれる生活の中で、染色体の倍加という変異を獲得しました。この種は、日本産カンアオイ属の中で唯一の四倍体です。染色体数が倍加すると、体細胞の容量が増えます。すると余計に水分や養分を多く蓄えることができ、環境耐性が高まるのです。コシノカンアオイは、倍数体進化の末に。常緑カンアオイとして、最も北に生息域を広げることに成功したのだと思います。
コシノカンアオイの花被が大きいと思っていたら、もっと大きな花被を付けるカンアオイがありました。パンダカンアオイ Asarum maximum(アサルム マキシマム)ウマノスズクサ科カンアオイ属。この種は、中国湖北省、四川省に生息しています。種形容語のmaximumは、その大きさが最大値であることを表します。花被の直径は7cmほど。世界には上には上があるものです。
新潟の植物ではありませんが、東京の八王子でカンアオイ属を見つけたので紹介しておきます。タマノカンアオイ Asarum tamaense(アサルム タマエンセ)ウマノスズクサ科カンアオイ属。種形容語のtamaenseは、多摩という地域を表します。
どのカンアオイも恥ずかしがり屋で、落ち葉に隠れ、花被を自らの葉に隠して咲かせます。手で葉をどけると、見てはいけないものを見たように、鳥肌が立つような、オカルトチックで奇妙な色と形。このカンアオイは、高尾から横浜に至る多摩丘陵、それも多摩川周辺の台地に特産のカンアオイです。
さらに異国の友は、「日本にはたくさんの緑がある」と話しました。それは、自然の多様性を示すうまい表現だと思います。寒地と暖地の植物が同居している地域もあります。太平洋側と日本海側の植物は、その姿を変えていました。コシノカンアオイ、奇妙だけど愛嬌(あいきょう)も感じられるこの植物は、日本海側の積雪に抱かれて生息しています。
次回は「ニガナ属」です。お楽しみに。