小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ニガナの周辺
2022/05/10
葉を食べると、苦い菜っ葉だから苦菜(ニガナ)です。ニガナ属以外でも○○ニガナと呼ばれる植物があります。ニガナによく似ているけれど、どこか違う植物たちもいます。そんな植物を集めてみました。
まずは、オオニガナです。オオニガナ Nabalus tanakae(ナバルス タナカエ )キク科ナバルス属。「大苦菜」と漢字で書きますが、ニガナ属ではありません。ニガナの周辺では、分類変更が盛んに実施されていて、昔の名前(分類属表記)もあり、精査が必要な場合があります。オオニガナの種形容語tanakaeは、日本の高山植物、特に信州の植物を研究した田中貢一(たなかこういち)氏、1881~1965年に献名されています。
オオニガナは、近畿から東北までの山地の湿地に希産する多年草。秋になると1.2m程度の円錐花序を立ち上げ、4cm程度の黄色い多数の花を咲かせます。
オオニガナを見ることはまれなこと。この植物は、しばしば水中から抽水して生育するほど水が大好き。上の写真は、この植物の葉。タンポポのように大きく切れ込んだ根出葉を持っています。
こちらもニガナという名前ですが、ニガナ属ではありません。ムラサキニガナ(紫苦菜) Paraprenanthes sororia(パラプレナンテス ソロリア)キク科ムラサキニガナ属。今までムラサキニガナは、Lactuca アキノノゲシ属とされていましたが、分類変更があり、独立したムラサキニガナ属となりました。
アキノノゲシ Lactuca indica(ラクトゥカ インディカ)キク科アキノノゲシ属。属名は、lactis=乳、ミルクのこと。この植物属の葉や茎を切ると白い乳液を出すことに由来します。ムラサキニガナも同様に乳液を出します。種形容語のindicaとは、インドを表します。この植物は分布域が広く、東アジアからトルコまでの地域に生息しています。英語でこれをIndian lettuce(インディアン レタス)といいます。私たちが食べているレタスは、このアキノノゲシ属の植物なのです。
話をムラサキニガナに戻します。それは、明るい草原などには生育しません。どちらかというと薄暗い森や林の縁に生えます。普段はどこにあるのか分からないのですが、花期の夏になると急速に伸長を始め、ヒョロっと私の身長を越えて成長します。細長く、背高のっぽの奇妙なムラサキニガナです。
ムラサキニガナの上部は円錐の花序部分で、葉は下の方に付きます。それは、鋸歯を持ち尖り、大きな切れ込みを持っています。株は分枝する様子はなく、1本だけが伸びます。茎は中空で弱々しくきゃしゃ。あらかたのムラサキニガナは、生育の後半になると、うどんこ病にかかっている様子です。
この植物は、東アジアの林縁に広く生息していて、日本では本州、四国、九州に生えます。花はご覧の通り、きれいな赤紫色をした頭花。花の大きさは、開いた状態でも1cm程度で、花を下向きに咲かせます。
次は、ニガナ属ではないけれど、どう見てもニガナ属に見えてしまう植物です。左はニガナ属のオオジシバリ、右はスイラン属のスイランです。舌状花だけの頭花とその大きさと色合いは、どちらも同じように見えます。この2種類は、花では区別が付かないのですが、生態と葉の形態が全く違います。
スイランの原生する生態系は、食虫植物が生える貧栄養の湿地などです。スイランは日本の固有種であり、本州中部から西南域の水辺に生息します。写真をよく見てください。ところどころ小さな黄色い花が見えるはずです。スイランはこのように生えています。
スイラン Hololeion krameri(ホロレイオン クラメリ)キク科スイラン属。種形容語のkrameriは、クレイマーという人名によります。スイラン属は湿地に生え、秋に黄色い頭花を付ける希少な多年草。少数属であり東アジアに2種と報告されています。
スイランの漢字は水蘭です。水辺に生えるのは分かります。でもなぜに蘭なのでしょうか?スイランは、浅く土中にほふく枝を伸ばし、根茎の先端から数枚の葉を出すのですが、キク科らしくない細長い葉なのです。その葉がシュンラン(春蘭)に似ているということらしいのです。
あんな「ニガナ」こんな「苦菜」。「苦菜」と呼ばれても「ニガナ」属に入らない「ニガナ」。「ニガナ」と思ったら、違ったりして。キク科は、世界で最も種属の多い植物群。その類属を推し量る難しさ、鑑定の困難さがあり、できることなら見て見ぬふりをして通り過ぎたいと思う私。植物を理解する難しさと面白さ、まだまだ知らないことばかりです。
次回は「桐(キリ)」です。お楽しみに。