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桐(キリ)

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

桐(キリ)

2022/05/17

中国の山東省は、地下資源が豊富で気候がよく、黄河が運ぶ肥沃な土壌を持つ世界最大の野菜の生産地です。人柄善良にして経済力があり、中国の中でGDPは3等賞。人口も約1億人程度あり、人の数で2等賞。この国で一番大きな1等賞の山東半島があります。

山東半島の北側にある、東営huánghé市は、黄河が渤海(ぼっかい)に注ぐデルタ地帯です。黄河が運ぶ膨大な泥は、川の出口を埋め立て、国土が沖へ沖へと延びていきます。黄河が海と出合う場所は、どこまでが川で、どこからが海なのか分からないほど、茫洋としていました。

山東半島の南側には、黄海に望む青島(チンタオ)があります。私たち日本人に山東省で一番なじみがあるのはこの地だと思います。日清戦争後、三国干渉に乗じて、青島の植民地化を進めたドイツの影響があり、西洋風の町並みが今に残ります。

風景に溶け込んで、彩りを添えるキリの花。この時期の青島には、この花が至るところに咲いています。青島は「キリ都」だと思います。

八大関といわれる風景区に旧帝政ロシアの領事館跡があります。後にそこは、花石楼と呼ばれ蒋介石の別荘になりました。その建物の脇にも、大きなキリの木が花を咲かせています。

キリ(桐)Paulownia tomentosa(パウロウニア トメントーサ)キリ科キリ属。種形容語のtomentosaとは、ビロード状の柔らかい毛が生えているという意味です。過去にゴマノハグサ科とされましたが、APG分子分類学においてキリ科に独立しました。

当初、キリにはシーボルトがPaulownia imperialisと学名を付けました。属名は、当時オランダ王女であったアンナ・パヴロヴナに献名されたのです。彼女は、エカテリーナ2世の孫、ロシア皇帝ニコライ1世の姉、オランダ国王ウィレム2世の公妃です。シーボルトはキリの属名に彼女の名前を付け、日本遊学資金の援助に感謝したとされています。

キリの最初の学名と現在の学名は違います。現在のキリの学名は Paulownia tomentosa です。シーボルトをさかのぼること半世紀前に来日した、ツンベルクが先にキリを Bignonia tomentosa(ビグノニア トメントーサ)ノウゼンカズラ科ツリガネガズラ属と命名していました。学名には、先取り特権の規約がありますが、ツンベルクが付けた属名は間違いだったので、属名にはシーボルトが付けた名が採用され、種形容語はツンベルクが付けたtomentosaが採用となり、学名が決着しました。

和名のキリ(桐)という名は、中国語の桐(tóng)を和訳したものです。この「桐」という漢字は、類別を表す意味ではなかったのです。この中国名は、日本において、キリの誤った理解を広めることにつながったのだと思います。中国では異なる属種にも「桐」という漢字を使うのです。

「桐」という漢字の成り立ちです。左側の木へんは大地を覆う樹木、右側の「同」は上と下の筒(幹)が同じ太さを表す象形を組み合わせてできた漢字です。キリとアオギリ、ハンカチノキは、それぞれに○桐と中国では呼ばれています。

紀元前の中国において書かれた『詩経』には、「鳳凰は梧桐にあらざれば、栖(す)まず」と記されています。鳳凰はアオギリ(梧桐)に止まるのであって、鳳凰とキリ(桐)に縁はありません。どこかでキリ(毛泡桐)とアオギリ(梧桐)が、同じキリとして認識され混乱を起こしたのだと思います。キリとアオギリの誤解は、家紋「五七の桐」についても見られます。そこに描かれるキリの葉は、キリでなく、アオギリの特徴を持っています。

キリの原生地はどこかと問われるとよく分からないのです。キリは古くから植栽に利用されていて、どこが原生地かは不明です。中国中南部、朝鮮半島、鬱陵島(うつりょうとう)にも原生があるらしく、日本の宮崎なども候補に挙がり、さまざまな説があります。とりあえずキリの原生地は、東アジアとお茶を濁しておくことにします。

キリは木材として極めて優秀です。江戸時代の本草学者・儒学者の貝原益軒は、「女子ノ初生ニ桐の子ヲウフレバ、嫁スル時其装具ノ櫃材トナル」と書きました。キリのタンスは、抗菌、保湿、腐食、火事に強いのです。昔、妻の実家が火事にあいました。全焼だったのですが、驚くことにキリのタンスにしまってあった現金や貴重品は無事に焼け残っていました。キリのタンスは燃えにくく、内部まで火が通らなかったのです。木材としてのスギは180℃で着火するとされますが、キリは270℃とされています。

キリは初夏に薄い紫色、5cm程度の筒状花を咲かせます。皆さんは、この花色以外のキリの花を見たことがあるでしょうか?私は、白い色をしたキリの花を見たことがあります。

アワギリ(泡桐)Paulownia fortunei(パウロウニア フォーチュネイ)キリ科キリ属。種形容語のfortuneiは、東アジアのプラントハンターである、ロバート・フォーチュンにちなみます。日本では見たことのない白い泡のような花を付けるキリ属、中国南東部や近接する東南アジア地域に原生します。 

古来、その家に娘が生まれたらキリを植える風習があり、下駄や琴、タンスに盛んに利用されたキリの木。生活様式が変わり、キリと私たちの生活に距離ができたかもしれません。私が働いているサカタのタネ ガーデンセンター横浜に写真を持ち込み、植物の名前を教えてほしいと言った年配の方がいました。その写真は紛れもないキリの花でした。キリを知らない方や世代がいるのかもしれません。それでも東アジアのさまざまな街角でキリは顕在。今ごろの時期、各地できれいな花を咲かせているのです。

次回は「アカメガシワ」です。お楽しみに。

JADMA

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