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連載

キンギョソウ「ソネット」

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

キンギョソウ「ソネット」

2022/05/31

イギリスの植物学者ロバート・フォーチュン(Robert Fortune) は、1860年10月12日から1861年7月29日まで日本に滞在しました。彼は「これほど多くの素晴らしい植物に出くわしたことは、いまだかつてなかった」と、後に日本の植物との出合いを振り返っています。著作である幕末日本の滞在記『幕末日本探訪記』には、第三者が見た幕末の日本の姿が生き生きと映し出され、実に多くの示唆を私たちに与えてくれます。

ロバート・フォーチュンは、来日するとすぐに日本人の特徴をその識見で捉えました。それは、1つは「誰もが著しい花好きであること」、2つ目は「自らが持っていないもので有益だと思われるものは、すぐに取り入れて、傑作を作り出すこと」だと述べています。

そんな日本人が作り出したのが、キンギョソウ「ソネット」という園芸品種です。これからお見せする写真は、すべてソネットの写真。サカタのタネが品種改良をしてから半世紀を経て、いまだに世界中で愛されるキンギョソウのベストセラー、不朽の名品です。

キンギョソウ Antirrhinum majus(アンティリヌム マユス)オオバコ科キンギョソウ属。キンギョソウは、秋まきの草花としてよく知られた園芸植物。この植物を私たちはゴマノハグサ科と覚えましたが、近年の分子分類体系ではオオバコ科となりました。

キンギョソウは短命な多年草ですが、わが国では毎年植え替える一年草扱いです。東アジアに野生はなく、モロッコ~南フランス、そして東トルコなど、地中海沿岸部の岸壁や岩の隙間などに原生しています。種形容語のmajusとは、5月を意味していて、この植物が本来5月に開花する性質であることを表します。では、キンギョソウはどうやって5月を知るのでしょうか?

地球は自転軸が傾いているために、中高の緯度地域において、日長が変化します。東京において1日の日長時間が冬至は9時間45分、夏至では14時間30分ほどあり、季節で日の長さが大きく異なります。気象台などの情報を知ることができない植物たちは、日の長さを測り、季節を知るすべを身に付けました。

キンギョソウは、地中海沿岸地域に原生しています。上のグラフは、エーゲ海を臨む東トルコの都市、イズミールの気象データです。7~9月の降水量に注目してください。

秋から春に降雨があり、夏は雨があまり降らずに乾燥するのが、地中海沿岸部の気象環境です。この地域の植物たちは、日が長くなると生育できない、乾燥した夏が来ることを本能的に知っています。それで、夏の前に花を咲かせ、種(タネ)を付け、子孫を残すようになったのです。秋から冬に成長して、春から初夏に開花する植物たちを長日開花性植物といいます。このような生育特性を持つ植物が、秋まきの作物や園芸植物になんと多いことでしょう。

キンギョソウは、秋まきの一年草として世界中でたくさん使われています。草丈が1m以上に伸びる切り花用の品種や、20cmほどと草丈が低く、ポットでのパフォーマンスのよい、わい性品種などが育成され利用されています。しかし、キンギョソウ「ソネット」は、それらと考え方が少し違う、中高性というコンセプトです。

写真は、アメリカ・カリフォルニアのガーデンセンターです。私は、これがサカタのタネ育成のキンギョソウ「ソネット」だと一目で分かりました。このような中高性コンセプトで、品質のよい園芸品種が「ソネット」以外にないからです。

その証拠がこれです。Sonnet mixと書いてあるのが分かりますか?草丈が高いキンギョソウは、切り花以外では使えません。背の低いわい性のキンギョソウや、その他の中高性キンギョソウは、早生に改良され過ぎていて、花壇で長期にパフォーマンスを発揮しないし、見栄えがしません。

キンギョソウ「ソネット」のカリフォルニアでの植栽事例です。白や黄色のキンギョソウが「ソネット」です。草丈の低いパンジーの後ろに高低差を付け、花壇を立体的に表現することがこの「ソネット」を用いることで可能なのです。この中高性をアメリカではknee high(ニーハイ)といって膝丈を表します。

実力本位のアメリカ市場で、「ソネット」が大量に消費されている様子を見ました。私はサカタのタネに入社してから49年がたちましたが、当時から「ソネット」を知っています。作物や園芸品種には、ライフサイクルがあります。次々と新品種が旧品種に置き換わるのです。しかし、「ソネット」は今でもキンギョソウの中高性(knee high)カテゴリーのリーダーであり続けているのです。

この品種は、もちろん日本でも人気です。本来の開花期には1株で10本ほどの花茎を立ち上げて壮大に咲くのですが、夏に種(タネ)をまき、秋に少しだけ先に花を咲かせることができます。しかし、秋は1株から1本の花立ちになります。

その欠点を補うために「ソネット」の多粒まきという技術を開発しました。そして、同僚とともに企画したのが「春待ち苗」という提案です。

「春待ち苗」の主力は、キンギョソウ「ソネット」です。それは、すぐに開花するような大株まで育てて、花が咲いていない状態で消費者に提供します。評判は上々。今では、すっかり春の定番となりました。

園芸植物の育種には、多くのコストと時間がかかります。そして、競争の激しい分野では、多くの品種が生まれては消えていきました。キンギョソウ「ソネット」は、9月に種をまくと5月に壮大に開花します。それは、いたずらに早生性を追わないで茎が硬く、本来の開花時期に花が咲く品種です。1つの茎に付いた花数をカウントしました。なんと、最大の花数は72花。今後、この品種をしのぐキンギョソウが出てくることはないのではないかと思われます。

日本の園芸界は、世界中のさまざまな土地に咲く植物を導入し、品種改良を行い、「傑作」を作り出しました。パンジー、ストック、ヒマワリ、トルコギキョウなど、例を挙げればきりがありません。それは、ロバート・フォーチュンが見抜いた通りの日本人がなせる業だったと思います。

次回は「岬の植物たち 磯馴れ(そなれ)[前編]」です。お楽しみに。

JADMA

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