小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
岬の植物たち 磯馴れ(そなれ)[前編]
2022/06/07
各地の岬には、いつも帽子が飛ばされそうな強い風が吹いていました。海に突き出てそびえる陸地には、継続的に強い潮風が吹き付けます。そんな強い風が通り抜ける場所が「海岸風衝地」です。
ここは四国、愛媛県佐田岬(さだみさき)。鹿児島県大隅半島の本土最南端の佐多岬(さたみさき)とよく似た地名ですが、四国最西端の地です。
岬に地理を示す看板があったので撮影しました。この半島は、日本一、細長い半島です。八幡浜から突端まで片道約55km、往復約110kmの道のり。岬巡りも楽ではありません。
この岬の海は、伊予灘と宇和海を分ける水道の難所であり、灯台が設置されています。島影の向こうには大分県が見えます。
岬の断崖は、風と波で浸食され植物の姿もまばらです。かろうじてイブキ(ビャクシン)Juniperus chinensis(ジュニパーラス シネンシス)ヒノキ科イブキ属が生息している様子です。
この風衝地に、地を這うようにして白い花を咲かせている植物を見つけました。花冠が4つに裂けていて特徴的なアカネ科の植物だとすぐに気が付きました。ソナレムグラ Leptopetalum coreanum(レプトペタラム コレアヌム)アカネ科シマザクラ属。種形容語のcoreanumは、朝鮮という意味です。それは、標準標本の採取地によります。
ソナレムグラ Leptopetalum coreanum(レプトペタラム コレアナム)アカネ科シマザクラ属。ソナレムグラは、漢字で「磯馴れ葎」と書きます。日本の千葉県を北限に東アジアの沿岸~ミクロネシア等に分布する海浜植物で磯に生える葎(むぐら)を意味します。この植物、類別の検討が進められ現在の分類に確定したみたいです。
葎という漢字は、音読みでリツ。訓読みでムグラです。意味は、草が並び立って地面を覆う様を表します。写真手前はカナムグラ Humulus japonicas(フムラス ジャポニカス)アサ科カラハナソウ属。その周りは、ヤエムグラ Galium spurium(ガリウム スプリウム)アカネ科ヤエムグラ属です。
ヤエムグラという植物には、百人一首に有名な歌があります。なんとも寂寞とした寂しい歌。家の周りに、ヤエムグラやカナムグラが茂っていては、さぞ出入りに苦労したことでしょう。ヤエムグラは、時として80cmほどに伸び、とげがあり地面を覆い、悲しくなるくらいに面倒な草です。カナムグラは、触ると痛いし、茂るし、もっと、もっと邪魔です。
ソナレムグラは、葎(むぐら)という名が付いていますが、面倒でも邪魔な植物でもありません。とてもかわいらしくキュートな植物だと思います。それは、絶えず吹き付ける強い潮風に適応して背丈を短くして、葉に厚いクチクラ皮膜を作り海岸風衝地に生息していました。
海岸の風衝地に適応放散した植物は、ソナレムグラだけではありません。日本の南東北から西の東アジアの山野草原に生える、センブリ Swertia japonica(スウェルティア ヤポニカ)リンドウ科センブリ属という植物があります。
このセンブリの海岸風衝地適応型と思われる種が、ソナレセンブリ(磯馴れ千振)Swertia noguchiana(スウエルティア ノグチアナ)リンドウ科センブリ属です。海岸の強い風で、丈は低く地に這い、潮風対応でクチクラ皮膜が厚くなっています。磯馴れ(そなれ)とは、海岸風衝地に適応したという意味を持っている言葉なのだと思います。
次回は「岬の植物たち 磯馴れ(そなれ)[後編]」です。お楽しみに。