小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
カタバミ属カタバミいろいろ1[中編]
2022/07/05
カタバミ属は世界に広く原生し、特に南アメリカなどの熱帯域に多様性を持つ大家族です。かわいらしい葉を持ち花も美しいので各地から園芸植物として導入されたのですが、持ち前の生命力、繁殖力で花壇や鉢物から逃げ出し、道端や空き地にいついてしまった子もいます。中編では、東アジアの山地にひっそり暮らすカタバミや雑草擬(ざっそうもどき)となったカタバミたちを紹介します。
まず初めは、日本の東北以南の山林にひっそりと生息しているカタバミからです。ミヤマカタバミOxalis griffithii(オキザリス グリフィス)カタバミ科カタバミ属。このカタバミは、カシミール、ネパールなどヒマラヤの麓から東アジア各地の湿った半日陰の林床に生えるカタバミです。
種形容語のgriffithiiは、イギリスの植物学者William Griffith(ウィリアム・グリフィス、1810~1845)に献名されています。彼が活躍したのは、ヒマラヤや東南アジアでした。若くしてこの世を去ったウィリアム。死因は寄生虫性肝疾患だったといいます。
このミヤマカタバミの別名はヤマカタバミ、エイザンカタバミです。中国名を山酢浆草(shāncùjiāngcǎo)といって、このカタバミが山ずみであることを示しています。
こちらは、珍しいカタバミ。日本では、奄美大島の渓流だけに生息する珍品です。アマミカタバミOxalis exilis(オキザリス エクシリス)。種形容語のexilisは、細小を意味しています。カタバミの変種でOxalis corniculata ver. microphyllaだとの見解がある一方で、奄美大島の固有種Oxalis amamianaであるとの説があります。現在では、それはシノニムとされ、今の学名になったようです。写真で私の指が写っているので大きさのイメージにしてください。湿った岩上の苔の中に生息しています。
このカタバミはミヤマカタバミに似ていますが、より小型で花柄が長いのが特徴です。日本では、寒地や亜高山帯に分布があります。コミヤマカタバミOxalis acetosella(オキザリス アサトセラ)カタバミ科カタバミ属。種形容語のacetosellaは、ラテン語のacetosa=「スイバ」を意味し、転じてこのカタバミの葉も酸っぱいことを表します。
コミヤマカタバミOxalis acetosellaは、イギリス、アイルランドに多く、ヨーロッパなどユーラシア大陸の寒地を中心に広範囲に生息しています。生息環境は、落葉広葉樹の明るい林で、半日陰の湿った土壌です。
コミヤマカタバミOxalis acetosellaは、英語でwood sorrelまたは、Irish shamrock=「アイルランドのシャムロック」とも呼ばれます。wood sorrelは、葉が酸っぱいことに由来し「森のスイバ」という意味だと思います。
アイルランドでは、カタバミやクローバーなどハート型をした葉が3つに分かれている葉を持つ植物を総称して「シャムロック」といいます。アイルランドにキリスト教を布教した聖パトリックは、カタバミなどシャムロックの三つの葉が「父と子と精霊」の三位一体を表すと説きました。 キリスト教には「シャムロック(三位一体説)」、そして仏教には「ハス(一蓮托生説)」があります。国と宗教が違っても、植物をモチーフとした同じような教義があるのは面白いです。
次に外来のカタバミを紹介していきます。ムラサキカタバミOxalis debilis(オキザリス デビリス)カタバミ科カタバミ属。種形容語のdebilisは「軟弱な」 「脆弱(ぜいじゃく)な」「弱々しい」という意味ですが、見た目でごまかされてはいけません。このカタバミの繁殖力は、devils (悪魔の複数形)的で学名をdevilsに変更したいくらいです。
ムラサキカタバミOxalis debilisの原生地は、南米のブラジルやペルー、コロンビアなどの熱帯域です。日本へは江戸時代に導入とされていますが、詳細は不明です。イギリスには1826年に導入されたと記録が残っています。この国から幕末に多くのプラントハンターが来日していることを考えると、彼らが持ち込んだとすればつじつまが合います。そして、ムラサキカタバミはその驚異的繁殖力でヨーロッパ、北米、オーストラリア、温暖なアジア各地に侵略的外来植物として定着するに至りました。
ムラサキカタバミを掘り上げてみました。親の鱗茎の周りに直径2~3mmほどの小さな鱗茎(りんけい)が50以上ついていました。おまけに透明なダイコンみたいに太い根は何でしょうか?これが成長すると鱗茎が上に盛り上がります。この白く太い根は乾燥すると縮み、ムラサキカタバミの鱗茎を地下に引っ張ります。透明な根の正体はけん引根とされています。
けん引根が地中に引き戻されると、小さな木子集団は地表に盛り上がり、ばらまかれることでしょう。ムラサキカタバミの1株から生じたと思われる次世代集団を掘り上げ観察しました。その球根数は97個。この植物はわずかな間に、自分のクローンを約100個作ったことになります。ムラサキカタバミは、南米から人の手によって移植され世界中に広がったのには訳がありました。
カタバミ属の外来種はまだあります。
次回は「カタバミ属カタバミいろいろ2[後編]」で紹介していきます。お楽しみに。