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スズサイコ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

スズサイコ

2022/07/19

この植物の生息域は広いのですが、なかなか出会うことができません。生えていても、気が付かないのかもしれません。皆さんはスズサイコという植物をご存じでしょうか?

スズサイコVincetoxicum pycnostelma(ヴィンセトキシカム ピクノステルマ)キョウチクトウ科カモメヅル属。属名のVincetoxicumは、この属が毒性を持つことに由来しています。種形容語のpycnostelmaは、pycnos(密生した)+stelma(冠)の合成語です。それは、この花の複雑な花冠構造によるものです。

この植物は、日本、中国、ロシア極東など東アジアの広域に生息しているのですが、目に留まることはまれです。それは、この植物の生息環境である日当たりのよい原野が、日本には少ないこと。そしてその草姿の線が細く、あまりにも周りの草たちに紛れて、目立たないこともその理由だと思います。

スズサイコは、開花期でも小さなつぼみをぶら下げているだけです。ですので、まだまだ咲かないかなと思っていても、いつの間にか花が終わっていたりして「おまえいつ花を咲かせたの?」と。スズサイコは夜に咲くらしいとの情報があり、夕方に観察しました。

スズサイコはやっと午後5時半ころからつぼみが開き始め、午後6時半に花が咲きました。次の日の朝、午前8時半に見たときはまだ咲いていましたが、午前9時には花を閉じました。どうやらこの植物は、夜に花を咲かせる性質みたいです。スズサイコは、体内時計を持っているか、明るさを葉で感受して開花を調整しているようです。

通常、夜に咲く花は暗闇で目立つ「白花」が相場というものです。このように闇に紛れる地味な花色、その上小さな花は、いかがなものでしょうか?

スズサイコと同じ属のフナバラソウVincetoxicum atratum(ビンセントキシカム アトラツム)キョウチクトウ科カモメヅル属です。種形容語のatratumは、黒色を表します。フナバラソウの蜜を吸おうと、ガガンボ類が花に口さきを入れたのですが、その口さきが抜けなくてジタバタしている様子です。このような様子は、スズサイコでもよく見かけるようです。

ガガンボ類は、夜に見られる双翅目(そうしもく)の昆虫です。蚊の親分みたいな風貌をしていますが、弱々しく、花の蜜を吸う虫です。ガガンボ類は、光に吸い寄せられる性質があります。夜の暗闇に紛れるような暗い花を咲かせるスズサイコは、私たちに見えない、虫たちにアピールする特別な波長の色を放っているのでしょうか?

写真はミシマサイコBupleurum falcatum(ブプレウルム ファルカツム)セリ科ミシマサイコ属の花と葉です。この植物も自然の草原が継続的に維持される環境に生息する植物です。スズサイコは、この植物に草姿や葉が似ている故の和名です。

スズサイコは夏に開花期を迎えますが、私の観察した株たちは5月下旬から花を咲かせました。一つの花は数日、花の開閉を続けます。葉は濃い緑色で対生に付き、長披針形(ちょうひしんけい)という形状をしていて、背丈は90cmほどです。

スズサイコは、葉腋(ようえき)から花序(かじょ)を伸ばします。それは、集散花序(しゅうさんかじょ)という形状です。その先端にまばらに花を咲かせるのですが、この花がとても小さく奇妙なのです。

スズサイコの花は小さく、それぞれの器官はミリ単位なので、拡大してみました。裏が小さなガク構造になっているので、星形に開いているのは5枚の花弁です。緑色をして盛り上がっている構造体を「副花冠(ふくかかん)」といいます。中央は、柱頭ではなく「柱冠(ちゅうかん)」とされています。花弁を除いた目に映る部分は、雄しべ・雌しべの被覆物なのです。

副花冠(ふくかかん)の間に、隙間が確認できるでしょうか?ここに蜜があるので、先ほどのガガンボが口さきを差し入れたのです。隙間は狭く、口さきが抜けにくいのです。ジタバタする内に粘着力のある花粉塊小球(かふんかいしょうきゅう)が、虫のどこかに付く仕組みのようです。そうして他の花に花粉塊が運ばれます。隙間の奥には、空間があり雌しべと雄しべが合体した「蕊柱(ずいちゅう)」があります。つまり副花冠と柱冠は、蕊柱のかぶせ物なので冠といわれています。

夜咲きという性質でありながら、暗闇で目立たない小さな花を付けるスズサイコ。雄しべ・雌しべは、かぶせ物の中に潜んでいます。それは、効率のよい生殖方法のようには思えません。なぜこのような生殖方法を持っているのか謎です。

東アジアの明るい原野、草原などに生息するスズサイコ。風になびく小さな鈴のようで愛らしい植物。出会うことができれば、それは幸運だと思います。いつまでも、野に咲いて欲しい植物の一つです。

次回は「カラフトイバラ」です。お楽しみに。

JADMA

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