タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

ネブの花[中編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ネブの花[中編]

2022/08/09

松尾芭蕉は、奥の細道の前文で「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也」と書いています。それは、李白(りはく)の漢詩である、「夫天地者萬物之逆旅 光陰者百代之過客」を参照していたに違いありません。芭蕉は、ただの俳人とは思えない教養の持ち主でした。西施(せいし)や李白といった中国の故事や文学を、江戸時代に学んでいたのでした。ちなみに芭蕉が見た象潟(きさかた)の景勝は、地震によって隆起した影響で潟湖(せきこ 砂州によって外海と切り離されてできた水深の浅い湖のこと)はなくなり、今は見ることができません。まさに「天地萬物逆旅(全ては戻らない旅)」なのです。

中国山東省の山水をえらく美人のガイドさんに案内してもらったことがあります。今や誰も知らない、誰も見ることのできない西施の幻を見た気がしました。聞けば、その女性は大学で日本文学の勉強をしており、研究テーマは松尾芭蕉だそうです。

ネムノキは、夜に葉を閉じることが世界中で知られている樹木です。それゆえに、日本ではネムノキ、眠りの木、ネムタギ、ネムリコと呼ばれます。この木の就眠運動から、中国ではもう少しロマンチックに合歓(ごうかん=ねむ)「hé huān」と呼ばれます。合歓とは、男女が仲のよいことを表し、その象徴とされています。夜間に小葉が合わさり眠る様子を、夫婦が夜に添い寝していることに例えています。

ネムノキは中国の東北の省を北限に、華南に至る各省に分布しています。木姿が冠のように広がり、花も美しいので、庭園に植えられていると書いてあります。

山東省済南市、女性社長の経営する会社の庭にネムノキが植えてありました。社長の夫は、自分のことを雑用係といってはばかりません。女性上位の夫婦でしたが、こっそりと夫婦和合を表す合歓を植えてあったのは微笑ましいものでした。ところで、このネムノキの花色を見てください。日本では同じような花色に見えるネムノキですが、中国では多様性があります。

5月下旬、からからに乾いた河南省の崇岳大室山(すうがくたいしつざん)を登っているときのことです。ふと見上げると、シロバナのネムらしき花を見つけ、カメラのシャッターを押しました。大陸由来のネムノキですから多様性があって当然だと思っています。しかし、葉の形を見るとネムノキと違う種かもしれません。

冬になると、受精に成功した花に果実ができ、こずえの上でさやが風に揺れています。ネムノキの種は、さやごと風に飛ばされ、旅立とうとしています。ネムノキは、ネムノキ属の北限種です。落葉性を獲得して、ある程度の寒い地域にも進出を成し遂げたのでした。

ネムノキは実生で増える短命な樹木です。種子繁殖ですから当然、さまざまな変異が現れるわけです。これは、ネムノキの銅葉品種です。この品種の来歴を調べてびっくり!うそかまことか、サカタのタネの職員が山中で見つけ、サカタのタネの農場に植えたとのこと。それを千葉大学の教授がもらい受け、世に広まったというのです。サカタのタネに長く勤めた私でも、それは聞いたことがありませんでした。今では「サマーチョコレート」という立派な名前が付いています。

ネムノキ属は本来、熱帯地域の樹種です。「この木何の木」のフレーズは、テレビのコマーシャルでご存じだと思います。この木、何の木なのでしょう?それは、アメリカネムノキAlbizia saman(アルビジア サマン)マメ科ネムノキ属の常緑樹です。

アメリカネムノキは対称的に枝を伸ばし、天蓋(てんがい)のような樹冠を作る樹木です。大きな個体では、幅40m、高さ25mほどありました。それはメキシコ南部からペルー、ブラジルなどに生息しています。世界の熱帯域に導入され、各地さまざまな名前で呼ばれています。

アメリカネムノキは、パラソルのように大きく枝を広げ、熱帯の強烈な日差しを遮る故に世界の熱帯域で活用されています。そうした地域の木陰に入ったら、葉を見てください。ネムノキ状の二回偶数羽状複葉(にかいぐうすううじょうふくよう)をして、夜に就眠運動をする木でしたら、それは「この木なんの木」の木、アメリカネムノキかもしれません。

アメリカネムノキの花はネムノキと変わりません。この属をSamanea属として、Samanea samanという学名にする見解もあるようですが、私はAlbizia説を採用し、 Albizia samanとしました。Samanという種形容語は、南米ベネズエラの言語の呼び名「zamang」に由来するとのことです。

上の写真はアメリカネムノキの果実です。右に熟した果実が写っています。大きな木の下には黒い果実が落ちていて、大きなイモムシみたいで、気色のよいものではありません。英語の資料には、この果実は食料となると書いてありました。葉もサラダにする地域があるとのことですが、私は検証していませんのでご注意を。

次回は「ネブの花[後編]」です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.