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ネブの花[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ネブの花[後編]

2022/08/16

ネムノキは身近に生え、羽のように細く切れ込む葉を持ちます。そして、夜眠る木であることはよく知られています。主に夜間、葉を閉じる現象はカタバミ属にも見られます。他のマメ科植物によく見られる事象ですが、ネムノキのパフォーマンスがあまりにも印象的なのでしょう。ネムノキに「非ず(あらず)」とも形態が似ていて、夜に寝る植物には「○○ネム」または「○○合歓(ねむ)」という名前の付いた植物がいくつかあります。そんなネムノキの名の周辺植物を後編で紹介していきます。

ギンネムLeucaena leucocephala(レウカエナ レウコセファラ)マメ科ギンゴウカン属。属名はギリシャ語で「白い、白色の」という意味です。種形容語のleucocephalaは、leuco(白い)+cephalo(頭部 母音の前ではcephal)の合成語で、ギンネムが咲かせる白い花被(かひ 花弁とがく片の総称)を表します。

ギンネムは日本において、沖縄などに見られる外来の移入種です。名前の通り、花は白く2cm程度の小さな花を咲かせます。原生地は、中米のメキシコ南部からベリーズ、グアテマラなどです。

マメ科のこの植物は、根に空気中の窒素固定を行う根粒菌と共生しています。そのため、痩せた土地でも他の植物に比べ、生育が極端に早いのです。その特性から、荒れ地の緑化や緑肥などを目的に導入されました。しかし、耕作放棄地や工事の跡地、河川周辺などの空き地に進出し、その場を覆い尽くすこともあります。

世界の熱帯域において、乾燥した痩せ地でも生育が可能。そして、多くのバイオマスを生産できる故に、まきや炭などの燃料に使用する薪炭材(しんたんざい)や家畜の飼料として積極的に利用している地域があります。しかし、ギンネムには毒性があり、これを餌として何事もなく利用できるのは、ある特定の地域の解毒能力を持ったウシなどの反すう動物です。それ以外の動物がギンネムを多く食べると、毛が抜けるなどの副作用があるといいます。

ギンネムの葉はネムノキと同じ、偶数羽状複葉(うじょうふくよう)で就眠運動もします。そして、ネムノキのような薄っぺらい莢を付けるところがネムノキに似ていて、ギンネムという和名になっています。マメ科の果実は、莢状なので莢果(きょうか)といいます。この植物、沖縄などでは一年中、開花と結実を繰り返し、増え過ぎるので困りものなのです。

クサネムAeschynomene indica(アエスキノネメ インディカ)マメ科クサネム属。種形容語のindicaはインド産という意味ですが、東アジアを含め世界の熱帯、亜熱帯に広く生息する半水生の植物です。日本では、もともと湿地や川岸に生息する植物ですが、水田に入り込むと厄介な雑草になります。

クサネムは、ネムノキと同じような多数の小葉を持つ羽状複葉を持ち、就眠運動をする一年草。草のようなネムノキということで、クサネムというわけです。

こちらはクサネムに似ていますが、日当たりのよい原野や道端、河原など乾いた場所に生息します。カワラケツメイChamaecrista nomame(カマエクリスタ ノマメ)マメ科カワラケツメイ属。属名のChamaecristaは、chamae(地を這う)+crispus(縮れた)の合成語です。種形容語のnomameは、マメ科の莢果を付けるので「野の豆」という意味です。

カワラケツメイは全草を生薬にしたり、乾燥して飲料にします。この草もネムノキと同じような羽状複葉と就眠運動をします。そして、お茶にするので別名を「ネムチャ」ともいうのです。

このカワラケツメイは本来、東アジアの日当たりのよい空き地などに生える雑草的な植物でした。現在、そのような場所は外来の植物たちがはびこり、生息地を追われ、この植物に出会うことが難しくなってしまいました。

この植物もネムノキ属ではないけれど、ネムノキを冠する植物です。サカタのタネ ガーデンセンター横浜で人気の観葉植物。アカサヤネムノキCojoba arborea var. angustifolia(コホバ アルボレア バリエーション アングスティフォリア)。種形容語のarboreaは「高木になる」という意味で、変種名のangustifoliaは細い葉です。流通名は「エバーフレッシュ」といい、常緑でいつでも鮮やかな緑を保つことから付いた名です。

アカサヤネムノキは、メキシコ南部からエクアドルなど、熱帯アメリカに原生する常緑の高木です。日本では、若木を観葉植物として販売しています。ネムノキのような、二回羽状複葉の葉を持ち、やはり就眠運動をします。写真のような赤い莢を付けるので、和名はアカサヤネムノキといいます。莢から黒い種が露出しています。この種を採り、まいて増やします。

これまた紛らわしい名前が出てきました。シロバナネムノキCalliandra portoricensis(カリアンドラ ポルトリセンシス)マメ科ベニゴウカン属。ネムノキの白花というわけではなく、カリアンドラ属というアメリカ大陸の熱帯、亜熱帯域に原生する植物です。ネムノキと同じように葉が偶数二回羽状複葉を持ち、就眠運動をして白い花を咲かせることから、日本ではシロバナネムノキと呼ばれます。種形容語のportoricensisの意味は「プエルトリコ」という地名です。

日本の沖縄などには、オオベニゴウカンCalliandra haematocephala(カリアンドラ ヘマトセファラ)マメ科ベニゴウカン属が植栽されています。ゴウカンとは『ネブの花[中編]』でも紹介した中国のネムノキの漢字である「合歓」の音読みです。属名のCalliandraとは、Kalli(美しい)+androgynus(雌雄花の混じったと)いう意味の合成語です。種形容語のhaematocephalaは「赤い頭花」を意味します。

オオベニゴウカンの花は8cmほどあり、大きく見栄えがします。球形の花被はネムノキと同じで、数多い線状の長いシベです。美しい花なので庭に植えたい植物ですが、南米のボリビアなどに生息する熱帯の低木なので耐寒性はありません。やはり、羽状複葉を持ち就眠運動をするので合歓(ネムノキ)と名前が付きます。右上の写真は、オオベニゴウカンの白花「シロバナオオベニゴウカン」です。

この他に「○○ネム」と名が付く植物には、シバネム属、ツノクサネム属、タチクサネム属とまだまだありますが、松尾芭蕉の俳句で始まったネムノキの旅は、この辺でお開きにしたいと思います。ネムノキ属やその周辺の植物たちは、南アメリカに多くの属種を持ち、その地域に起源がありそうな熱帯植物でした。焼け付くような夏の日差しに照らされ、葉にたまる熱エネルギーを逃す工夫の一つが、細かい小葉に分かれた羽状の複葉なのだと思います。それは、車のラジエーターの構造と同じです。ネムノキなどの葉が閉じ、眠る現象(就眠運動)もまた熱帯地域に生きる工夫なのでしょう。しかし、その理由はまだよく分かっていないみたいです。

次回は秋野菜の代表「ダイコン属」です。お楽しみに。

JADMA

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