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東アジア的ベゴニア属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

東アジア的ベゴニア属

2022/10/04

中南アメリカやアフリカには、多様なベゴニア属が生息しています。そして、アジアの熱帯域にも豊富なベゴニア属があるのですが、なぜかオーストラリア大陸に原生のベゴニア属は見当たりません。今回は東アジアのベゴニアについて考察します。

まず、ベゴニア属の大きな特徴とは何かということです。
①葉が不均等で、葉の面が左右非対称のゆがんだハート形をしていること。
②斜面に生える植物であり、葉の先端が壁面と反対方向の下方に向いていること。
③同株に雄しべがある「雄花」、雌しべがある「雌花」をそれぞれ咲かせる雌雄異花であること。
④少しマニアックで誰も気にしないかもしれませんが、葉柄(ようへい)の基部に小さな葉のような一対の托葉(たくよう)を持つこと。
⑤亜熱帯、熱帯域に多くの原種が自生している草本植物。
⑥異なる種の個体間で交配が行われる種間交雑(しゅかんこうざつ)が容易なので、さまざまな品種を生み出す可能性を秘めています。

東アジアの亜熱帯、熱帯域といえば中国南部と台湾です。日本の奄美以南の南西諸島もそのエリアに含まれます。まずは、中国の南部にあたる東南アジアとの国境地帯のベゴニアを見てみましょう。

シーサーパンナ(西双版納)タイ族自治州は、ミャンマー、ラオスと国境を接する地域です。中国で唯一の熱帯雨林が残され、遠くにはミャンマーの山並みが見えています。

そうした地域において、ベゴニアが見られる環境は決まって湿度が感じられる場所です。小川周辺の崖や傾斜地などで見ることが多いのです。そして、ベゴニアは斜面に生え、平地には生えていません。左上の写真はBegonia dryadis(ベゴニア ドリアディス)シュウカイドウ科ベゴニア属。ベゴニア属が持つ独特の非対称葉は、誰が見てもベゴニア属と分かるものです。

左上の写真は、森の中で見つけたベゴニアが原生する環境の写真です。密林の開けた明るい場所の斜面でした。どこにベゴニアがあるか分かりますか?右上の写真が拡大写真です。根茎性で葉に金属的な光沢があるレックスベゴニアみたいです。正確な種は分かっていません。

ベゴニアが生えているところは、湿った斜面です。慣れてくるとベゴニアの「匂い」を感じることができました。葉柄に細かい毛が生えている、葉の裏が赤い、あんなベゴニア、こんなベゴニアがこの地域にはいくつもありました。中国・雲南省の昆明にある昆明植物園の先生が、雲南のベゴニアを集めていて、コレクションを見せてくれるというので訪問しました。

中国のベゴニアを集めた温室です。根茎性を持つベゴニア類。葉をその観賞の目的とする一群です。園芸用に開発できるか、意見を求められました。

ベゴニア マッソニアナBegonia masonianaシュウカイドウ科ベゴニア属。それは、栽培品から学名の記載がなされ、野生種は後から発見されました。分布域は中国南部からベトナム北部です。葉や葉柄には粗い毛が密生していて、濃い茶色と緑のコントラストが鮮明なベゴニア、流通名をアイアンクロスといって、一世を風靡(ふうび)した観葉ベゴニアです。最近あまり見なくなりましたが、もともとは雲南のベゴニアだったのでした。

ベゴニア ポリトリチャBegonia polytrichaシュウカイドウ科ベゴニア属。あまり日本では知られていない雲南のベゴニアです。葉身と葉柄に細かい毛が密生してカラフルな種です。けっこう私のお気に入りです。

ベゴニア レックスBegonia rexシュウカイドウ科ベゴニア属。レックスベゴニアという観葉ベゴニアの一群を作る元になった種です。文献上では、インド、ベトナム産といわれていますが、雲南省の中越の国境付近にも原生があります。植物に国境はありませんし、ジャングルはつながっているので当然だと思いました。

ベゴニア バビエンシスBegonia baviensisシュウカイドウ科ベゴニア属。広西チワン族自治区や雲南省山地に原生する、大型で背の高い、よい感じのベゴニアです。葉が手のひらのように切れ込み、赤い毛が密生しています。

ベゴニア カタヤナBegonia cathayanaシュウカイドウ科ベゴニア属。全株に赤い毛が密生して草丈が50~60cmほどになる背高のっぽのベゴニアです。これらの中国のベゴニアを開発することは可能かという問いには、私はきっぱり「No Chance !」と答えてきました。コレクションとしては興味深いと思いますが、野生種はいつ絶滅するか分からないので保全が必要だからです。さらに、ベゴニアは18世紀から交雑育種が進み、あまりにも多くの観葉品種が存在します。今から開発しても新規性に乏しく、市場規模は小さいと判断しました。でも、花が大きく観葉性が高いベゴニアなら将来性はあると思います。

日本の亜熱帯域に、ベゴニア属は2種原生しています。マルヤマシュウカイドウBegonia laciniata var. formosana(ベゴニア ラシニアータ バラエティ フルモーサナ)シュウカイドウ科ベゴニア属。種形容語のlaciniataは、細かく分裂した葉を持つことを示し、変種名のformosanaは台湾産を意味します。マルヤマシュウカイドウは、基本種が中国大陸にあり、変種が台湾にあることを示します。この種は、日本では石垣島と西表島にも生息しています。

もう一つが、コウトウシュウカイドウBegonia fenicis(ベゴニア フェニキス)シュウカイドウ科ベゴニア属。この植物は、台湾やフィリピンにも原生していて中国名を、蘭嶼秋海棠(ランショシュウカイドウ)といいます。「蘭嶼(らんしょ)」は、台湾の島の名前。和名は「蘭嶼」の古い名前である「紅嶼(こうしょ)」=「紅頭嶼(こうとうしょ)」から命名されています。種形容語のfenicisとは、古代の地中海東岸(現在のシリアの一角)に位置した歴史的な地域名「フェニキア」のことですが、コウトウシュウカイドウとの関連性は不明です。コウトウシュウカイドウは、分布の北限が日本の石垣島、西表島、与那国島の森林の際、岩礁海岸などに生息しています。葉を触るとクチクラ層(水分の蒸発を防いだり内部の保護の役割を果たす植物の表面の層のこと)が発達していて、照りがある多肉質な葉でした。日本に生えるベゴニアは、八重山諸島の成り立ちと中国大陸との関係を物語るものだと思います。

スウェーデンの植物学者のCarl Linnaeus(カール・リンネ)をさかのぼること半世紀以上も昔の話。17~18世紀フランスの修道士であり植物学者であり、優れた画家でもあった、Charles Plumier(シャルル・プルミエ)。彼は、中南米を探検していくつかのベゴニア属を見つけて描き、報告しました。Begoniaの名は、プルミエがお世話になったフランスの貴族のMichel Begon(ミシェル・ベゴン)から献名したものです。ベゴニア属は、その花や葉の美しさから人々に愛され、園芸化の歴史が古い植物です。そして、今でも次々と新しい園芸種が生まれ、私たちを楽しませているのでした。

次回は「ハゲイトウ[前編]」です。お楽しみに。

JADMA

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