小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
マツバラン属
2022/11/01
恐竜が栄えた中生代より、前の時代である古生代。海の中で進化した生物は、陸上のフロンティアを求めて上陸していきました。その当時の植物として、Cooksonia(クックソニア)という化石が博物館に展示されています。それは維管束を持たず、根も葉もなく、単純な二股分枝を少し繰り返すだけで、枝先に胞子のうを付けていました。
博物館で見たレプリカは、原生の植物であるマツバランによく似ています。マツバランPsilotum nudum(プシロトゥム ヌーダム)マツバラン科マツバラン属。シダ植物であり、単子葉植物のラン科の植物でないことはいうまでもありません。
属名のPsilotumとは、古代ギリシャ語の「psiloi」に由来します。これは、防具など何も持たないで敵陣に切り込む兵士たちのことを意味するらしいのです。日本語で表現すると、戦国時代よりも前の時代の歩兵「足軽」に相当します。つまりPsilotumとは、何も持っていないという意味です。
種形容語のnudumは、ヌードのこと。つまり、学名は「何も持たない裸」という意味です。その通り、マツバランには根も葉もないのです。地上茎と地下茎だけの植物なのです。
その姿は、極めて単純。茎だけで生きているのです。このような姿から、現在の美しい花を咲かせる植物になるまで、いったいどれくらいの月日が必要だったのでしょうか?
マツバランは日本において、関東地方より西南でないと原生を見ることはできないと思います。生育環境は、湿った木の根元や、岩の隙間などに生える着生植物です。単独で、地中から枝を出すような植物ではありません。
マツバランは、熱帯と亜熱帯が生育適地で、世界的に分布している植物です。しかし、温帯域の東アジアの分布量は多くなく、日本のほとんどの生育地域において絶滅危惧種の扱いになっていて、環境省のカテゴリでは準絶滅危惧種に指定されています。
個体数の少なさから、マツバランは珍しい物好きなマニアに愛され、徳川時代から古典園芸の植物として人気でした。当時、色や形が変わっているものは、珍品として特に高額で取引されたと記録されています。
マツバランの別名はホウキランです。英語では「whisk fern」といいます。それは「泡立て器 シダ」と直訳することができます。こちらの方が、マツバランという和名より「名は体を表す」ように名付けられています。
マツバランの地下部には、地下茎があるだけでそれらしい器官が見当たりません。この地下茎の先端部分には、仮根(かこん)と呼ばれる根に進化する前の組織が見られます。
マツバランは、細胞分裂によって胞子を作ります。地上茎は、伸びた上方で少数回二股に分枝します。枝の先端の側方にアワのような三つに分かれた胞子のうを付け、熟すと胞子を放出していきます。
胞子の行方は、目で確認できません。いつの間にか、まき散らされた胞子が庭置きの植木鉢から芽を出す場合があります。このマツバランの胞子たちは、地下部の菌根類たちから栄養をもらい育つのだといいます。
マツバランは、太古の植物であるクックソニアの生き残りなのかというと、どうやら違うようです。マツバランには、クックソニアが持たない維管束があります。また、同じマツバラン科にTmesipteris(トメシプテリス)という、葉を持つ近縁種もあります。
上の写真は、トネハナヤスリOphioglossum namegatae(オフィオグロッスム ナメガタエ)ハナヤスリ科ハナヤスリ属です。日本では、利根川水系、淀川水系などの限られた河川の氾濫原に生息している植物です。1枚の葉と棒ヤスリみたいな胞子のうを持つ植物なのですが、分子分類の研究からハナヤスリ科とマツバラン科が姉妹系統だと分かりました。
シダ植物とコケ植物の大きな違いは、維管束があるかないかの違いです。マツバラン科やマツバラン科の姉妹関係の植物は、クックソニアと違い、維管束があり、葉を付ける仲間がいます。マツバランは、進化の過程で維管束を持ち、最初は根や葉を付けたのだと思います。
ところが、マツバランは、「Simple is Best」。素の状態でいることを選択して、植物の原型に戻る「マイナスの進化」をしました。その結果は、どうだったのでしょうか?現在のマツバランは、汎熱帯と亜熱帯地域において、世界的に分布を広げて生き残りに成功しています。余分なものを捨て去り、素朴に生きるマツバランの生き方でした。
次回は「キチジョウソウ属」です。お楽しみに。